結城真一郎「自作はショート動画」Z世代の「ミステリーは後ろから読む」対策は本気で模索中だと語る、彼の工夫とは〈インタビュー〉

文芸・カルチャー

更新日:2024/8/9

結城真一郎さん

日常に潜む奇妙な謎を鮮やかに描いた『#真相をお話しします』(新潮社)で大ブレイクした作家・結城真一郎さん。このほど2年ぶりとなる待望の新刊『難問の多い料理店』(集英社)は、六本木のとあるレストランが舞台だ。店に夜な夜な舞い込むのは、料理の注文に見せかけたオーナーシェフへの事件解決の依頼。不自然な焼死体が出たアパート火災、空室に届き続ける置き配、謎の言葉を残して捕まった空き巣犯、なぜか指が二本欠損した状態の轢死体……日常のようで非日常な面白さが止まらない。こんな摩訶不思議な本格ミステリーはどうやって生まれたのか? 結城さんに話をきいた。

●舞台は「Uber Eats×ゴーストレストラン」

――新刊は連作短編ですが、物語はどのように着想されたのですか?

結城真一郎さん(以下、結城):「現代みのある連作短編」というオーダーに対して、まずは何を題材にするかを考えるところからですね。そこで思いついたのがUber Eats的な配達員で、あるお店にいろんな人が出入りする形なら連作になりそうだと。それをどう掘り下げるかを考えたとき、「ゴーストレストラン」という新業態(店内飲食なしで、デリバリーで料理を提供するレストラン)があると知って「これはいける!」と。実際、配達員の方はそれぞれいろんな事情を抱えていらっしゃることもわかってきて、ならばこの舞台を最大に活かすためにもいろんな人物を出そうとこの形になりました。

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――それぞれの人物がリアルですが、ヒントはあった?

結城:実際、Uber Eatsの配達員をやっている方の体験記をブログや日記で読み漁って、こういう事情を抱えた方が多いというのが見えてきたところで、中でもオーソドックスなパターンを選んで登場人物にしていった感じです。

――人物のパターン化は人間観察が得意じゃないと簡単ではないような。日頃から人間観察はされるほうですか?

結城:どうなんですかね。特に意識はしていないのですが、結果的にはいろいろ見えてくるものがあるので、知らず知らずのうちに観察しているのかもしれないですね。

――それは昔から?

結城:そうですね、「アイツ、こういうやつだよね」みたいに言語化するのは得意でした。中学の卒業文集で友人たちを登場人物にした「校内で殺し合いをする」っていう『バトルロワイヤル』のパロディを600枚書いたんですが、それをみんながすごく楽しんでくれたのも、「アイツはこういう動きするよな」と思って書いたことが、すごく当たっていたからだと思います。

――作家になった原点ともいわれる開成中学時代の印象的なエピソードですね。今回の連作短編も骨格ができてしまえば、同じように「こういう人はこう動く」と膨らませていけたのでしょうか?

結城:はい。「こういう人はここでこういう言葉遣いだろうな」とか、「こういう反応するだろうな」とか、あくまで想像にすぎませんが、実際の友達と照らしあわせたり、その人物になりきったりして割と自然にわかる感じですね。

――そういうのはできる人とできない人がいるような…。子どもの頃からできたんですか?

結城:そうだと思います。例えば、今だと怒られちゃいますが、中学生の頃に女の子のふりをして男友達になりすましメールをしたことがあったんですね。「あの子かわいいよね」ってその男友達が言っていたんで、その女の子とメルアドを交換するっていう流れに見せかけて、実際には僕のアドレスを紹介して。「相手がこう書いてきたら、女の子ならこう反応するのが自然だろう」とか、「こう書いたらアイツはこう反応するだろう」とか考えながら、いわゆる「ネカマ」的な感じでやり取りしていたんですが、それがすごく周りにウケたんですよね。つまり核心をついていたわけで、その頃から「あの人はこう動く」とか、「ああすればこういう反応がくる」とか、そういう感度は高かったと思います。

――そういうのはやっぱり「人間観察」のなせる業のような…。

結城:観察したというより、小さい頃から人を笑わせるのが好きだったんですよね。僕はひとりっ子だったんで、さみしいからなるべく外で誰かと遊んでいたかったんですが、そのためにはどうにかしてみんなをひきつける必要があって。顔色を窺うようでなんですが、それで「どう対応したらどういう反応が返ってくるか」みたいなことを小っちゃい頃からすごく考えていたし、目の前のこいつをどうやって笑わしたろうか、どういうことをやったらウケるかをいつも考えていたんです。

――今回の連作短編もそうですが、結城さんの作品では一度オチがついたかと思うと、さらにそれがひっくり返る面白さがありますね。

結城:それも「いかに人を面白がらせられるか、意表をつけるか」みたいな感覚の延長だと思います。「ここまではわかるよね、でも、もう一個あったらどうかな?」という挑戦状みたいな感じというか、そういうのをしのばせるのが昔から好きでしたから。

――頭のいい同級生の意表をつくというのは、それなりに歯ごたえがあったのでは?

結城:そうですね。それは間違いないと思います。先ほどのなりすましメールのときも、僕のアドレスだとバレないようにかなり複雑な建て付けにしたり、あえてジェラシーを煽るような設定を作ったり…普通のなりすましではなく、そこにいろんな事情を織り交ぜることで、目くらましをしつつ、より積極的でリアルなやり取りになるように場を整えることにめちゃくちゃ頭を使っていましたね。最後は彼がフラれて終わったんですけど、ネタばらしをしたら「じゃあ、俺がホントにフラれたんじゃないんだ。まだチャンスあるじゃん!」ってすごく前向きで。その前向きなキャラはいつか作中に登場させたいと思います(笑)。

結城真一郎さん

●すべては解釈にすぎない

――配達員はみんなリアルな生活感がある一方、超絶美男子であるレストランのオーナーシェフ(探偵役)は現実離れしたキャラ立ちが印象的ですね。

結城:今回の連作では「真実がどうか」ではなく「すべては解釈にすぎない」っていうのが結論で、その核となる人物がオーナーシェフなわけです。なので、彼についても真実はわからないまま、彼をどう思うかは読者に委ねることにしました。彼のやっていることは善なのか悪なのか、人助けなのか人をだましているのか――それは作中ではジャッジしないし、そのヒントも一切残さない。すべては読んだ人の感じ方次第っていう落とし所にするために、こういうキャラ設定になった感じです。もちろん映像化されたときのことも意識しましたけど(笑)。

――「解釈にすぎない」というオチはすごく斬新でした。むしろ依頼人の望む結論に曲げることもあったりもして…よく、最近は「自分の望むものしか見たくない/聞きたくない」なんて声を聞きますが、そういう時代を意識されたんでしょうか?

結城:言ってみればこの小説は「安楽椅子探偵もの」です。ただ舞台がレストランなので、最優先の目的は「お客さんの欲を満たすこと」にあることになります。そしてそこに特化するのであれば、「これが唯一無二の回答です」って事件解決するよりも、「本人が望む答え」を提供するほうが依頼人の満足につながることになる。「それで誰も損しないし、幸せでしょ」って、そんなふうに割り切った安楽椅子探偵もありなんじゃないかと思ったんですよね。「今の時代ってこういうことだよね、結局」っていう思いもありますし、それをどう思うかもまた読者次第でいいんじゃないかと。

――今どきのアイテムを上手く使われるときに、否定まではしなくともクールな視点を感じます。結構、世の中を斜めに見るタイプですか?

結城:ひねくれ気味ではあると思いますね。逆張りをするわけじゃないですけど、新しいテクノロジーがいいよって言われたときは、「こんな悪用の仕方があるんじゃないか」とか、「こういう抜け穴あるよね」みたいなことを常に考えたりします。やりはしないですけど(笑)。

――失礼ながら、やったらすごく上手そうです(笑)。今の時代は本当にいろんなところに落とし穴があって、そういう怖さを結城さんの小説はチラリと見せてくれますよね。

結城:フィクションではあるけれど、「自分が生きてる日常の延長線上にある」と感じる物語にしたいと思っていますし、それを感じるからこそ、ぞわっとする感覚みたいなものも強まると思います。なので読者との距離感はすごく繊細に考えていますね。

結城真一郎さん

●作品は「ショート動画」みたいなもの

――読者との距離感…。実は先日、Z世代のギャル系の子から「ミステリーはお尻から読む」と聞いて驚きました。そういう人にはどう立ち向かいますか?

結城:そういうの聞いたことありますが、本気で模索中ですね。お尻から読めないように袋とじにするとか、読もうとしたら電流が流れるとか物理的な抵抗くらいしか思いつきません(笑)。ただ手に取ってもらえるだけでもマシなので、まずはどうしたら手に取ってもらえるか、押し出しとか見え方とかは忘れずに意識したいと考えています。とにかく「読んだら面白いよ」だけじゃ、今の時代通用しませんから。まずは手に取ってもらわないと。

――以前インタビューで「YouTubeに夢中になっている人でも振り向くような話を書く」と答えていらっしゃいましたね。その意味では短編が強い?

結城:強いと思います。現在ショート動画がバズってますが、僕も前作(『#真相をお話しします』)を書くときは開始10秒で何かが起こるというのをすごく意識して、1行目で事件が起きて、2行目であやしさ満々みたいに冒頭で勝負したんです。今回はそこまでではありませんが、やっぱり冒頭に事件の核となる異常事態を描いてひきつけるみたいな展開にしていますし、やっぱりそういう意識は外せない。なんなら僕の作品もショート動画みたいなものだと思っていただけたらいいですよね。もちろんそこまで短くないですけど。

――作家さん自身が「自作はショート動画」と割り切って発言されるのは新鮮です。「ん? 読んでみようかな」という人がいそうな気がします。

結城:構造的にも短編ですからショート動画に近いですしね。あとはSNSに感想を投げやすいネタかどうかも大事だと思っていて、今回の場合「Uber Eatsの配達員が出てくるミステリー」っていえば、身近な存在に感じて興味を引きやすいところはあると思います。

――たしかに。「連続殺人事件」より「Uber Eats」のほうが読む人が多そうな時代かもしれません。混みいった謎より、日常に転がっているかもしれない謎のほうが怖いというか。

結城:そうですね。SNSを情報収集の主戦場にしているような人たちには、そういうワードのほうが勝算あるように思います。Uber Eatsが闇バイトの入り口に…みたいなほうがキャッチーですし、より多くの人に届くことに主眼を置くなら、今はそういうものなのかと。

――難しい時代だからこそ、結城さんの「現在」を上手く物語に取り込む力は強みになりそうですね。メールひとつでも「これは本物か?」みたいなのは日常茶飯事ですし、ミステリーにはいろいろできるのではないかと。

結城:僕にも山﨑賢人さんとか広瀬すずさんと自称する方から何回もメールきていますが(笑)、やりようはあるのかな、と。なのでこれからも今の時代を切り取って、意外な角度から描く面白さがある作品を書いていきたいですし、一方で内容が多くの人の心を動かす長編も書いていきたいと思っています。

 正直、「作家自身がどこまで読者を考えるか問題」というのはあると思いますが、生き残っていくためには、やり方を考えることを避けて通れない時代にきていると思います。氾濫する情報の中でいかに自作を拾い上げてもらえるか――これからも考え続けていかないといけない大事なことですね。

取材・文=荒井理恵、撮影=金澤正平

結城真一郎さん

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