コピー人間になったという自分は本物か、偽物か? 哲学の思考実験をベースにあらゆるラノベ要素を盛り込んだ異色作『スワンプマン芦屋沼雄(暫定)の選択』
公開日:2024/7/26
ジャンルもキャラクターも文体も、なんでもありなのがライトノベルだとしたら、小林達也氏の『スワンプマン芦屋沼雄(暫定)の選択』(KADOKAWA)は、これぞライトノベルといったなんでもあり感にあふれた作品だ。
まずジャンル。主人公・芦屋珠雄は陰陽道の家系に生まれた男子で、術を使って戦うあたりに和風の伝奇バトル的なニュアンスが漂う。そんな珠雄には美咲という幼なじみの少女がいて、告白するのしないのといった状況になっているところは王道ラブコメのテイストも持つ。
そしてストーリー。両親が死んでしまった上に借金を返せと迫られた珠雄は、手っ取り早く稼げるからと、ある実験に参加し謎めいた装置に身を委ね、そして特に変わったことはなかったなあと思いながら家に帰る。それから数日後、七瀬由理という同じくらいの年の少女が訪ねてきて、珠雄は「スワンプマン」になってしまったのだと告げ、そこから珠雄と七瀬による真実を求める冒険ストーリーが繰り広げられていく。
「スワンプマン」とは、アメリカの哲学者が考案した実際の思考実験で、人間の意識について考える題材として生み出された奇妙な存在のこと。ある人物が雷に打たれて死んでしまうが、男の近くにあった沼(スワンプ)から何らかのエネルギーによって、ある人物とまったく同じ体と記憶を持った、いわゆるコピー人間が生まれるが、それはその人物と同一と言えるか?というもの。
伝奇とかラブコメとかボーイミーツガールから始まる戦いと探究の物語と思わせて、デカルトだとかライプニッツといった教科書でしか触れないような哲学の要素をぶっ込んでくるところが、まさに“なんでもあり”の本作。コピー人間でも同じ人間と言えるのか、それとも個体に備わっていた自意識が死によって途切れた時点で、別の人間になってしまったと見なすのかを考え、自分のこの意識とは何だろうと問い直す思考実験の奥深さに触れさせてくれる。
難解そう……と思った人は安心してほしい。確かに哲学的な思考実験を発端としているけれど、しっかりエンターテインメントしている。ページを繰れば国の秘密機関によって「スワンプマン」が密かに始末されていた謀略に迫るサスペンスであり、主人公を騙して「スワンプマン」にしてしまった犯人を探し出すミステリーであり、吸血鬼のような超常的な存在と戦う伝奇バトルといった要素を次々と浴びせてくる。
「スワンプマン」になってしまった家族を今までと同じ人間として認め愛することができるのか、それともニセモノとして拒絶し排除するべきなのかが問われる展開からは、意識をコンピュータに移して永遠の命を実現するテクノロジーへの懐疑といった、SF的な問題意識も感じ取れる。読み始めればこうしたジャンルミックスの面白さに、最後まで引っ張っていかれるだろう。
キャラクターも、七瀬が所属する組織の所長がなぜか猫の姿をしていたり、調査の過程で訪ねた幼い少女の占い師が、初めのうちは寄るな触るなといった高慢な雰囲気を漂わせていたのに、途中からざっくばらんな口調に変わってギャップに萌えさせてくれたりと、これもライトノベルに必須の要素を持って迫ってくる。
なお本作は「MF文庫Jライトノベル新人賞」の応募作で、賞には選ばれなかったものの文庫化され、こうした「なんでもあり」の内容でも受け入れられる懐の広さがライトノベルの面白さであることを再認識した。哲学やSFの要素をハードに噛みしめ、意識とは何だろうといった思考の沼にハマるのも、バトルや美少女の要素をソフトに味わい、カッコイイとかカワイイとか思うのも、読む人次第。そんな自在さにあふれた作品なのである。
続きがあるとしたら、次はどんな思考実験の沼にハマらせてくれるのかも気になる。やはり「哲学的ゾンビ」だろうか。それとも「中国語の部屋」についてか。意味不明だろうが、本作を読めば興味をそそられる思考実験です、とだけお伝えしておこう。
文=タニグチリウイチ