河邉徹「神戸高校出身なら絶対に分かる描写がある」バンド時代の経験も反映した最新小説で語る音楽観【オンライントークイベントレポート】

文芸・カルチャー

公開日:2024/8/1

 2024年6月15日、作詞家・小説家の河邉徹さんが最新の自著『ヒカリノオト』(ポプラ社)刊行を記念したオンライントークイベントで、作品を愛する読者からの質問に答えた。

 2009年10月に「白朝夢」でメジャーデビュー、2023年2月に解散した3ピースピアノバンドのWEAVERではドラム・作詞を担当した河邉さん。小説家デビュー作『夢工場ラムレス』(KADOKAWA)、第10回広島本大賞(小説部門)を受賞した『流星コーリング』(ポプラ文庫)、『蛍と月の真ん中で』(ポプラ文庫)などを経た最新刊は、複数の登場人物たちの物語を描く連作短編小説で、バンド解散後に届いた「ファンレター」をきっかけに執筆へ至ったという。

 大ファンだったアーティストの担当になったものの努力が結びつかず苦悩するレコード会社の若手社員、上司の期待に応えようとするがあまり心身を壊してしまった40代手前の女性、合唱コンクールで伴奏と曲のアレンジを任された女子高生…と、最新刊に登場する人物たちの中心には「人生の岐路に寄り添っていた一つの音楽」があった。ミュージシャンとしても活躍した著者は、彼らの心情や周囲を取り巻く風景をいかにして描いたのか。

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■悩める青春時代を救ってくれたのは「BUMP OF CHICKEN」だった

 イベントは、ポプラ社の編集者が読者からの質問を読み、河邉さんが回答する流れで進行。2人がほがらかにかけ合い、画面越しに見守る読者へ微笑みかけた。

 読者からは、様々な視点からの質問が寄せられた。最新刊ではタイトルに限らず、各章のタイトルもすべてカタカナとなっている。理由を問われた河邉さんは、本書のタイトルについて「音楽を象徴する言葉を入れたいと思って、たどり着いたのが『光』でした。でも、光だけでは分からないので、印象的な言葉はないかと考えた結果『光の音』になった」と伝え、その上で「漢字とかひらがなとか、色々な表記を自分で見てカタカナが一番キャッチーかなと思った」と執筆時の経緯を明かした。

 各章のタイトルは「(著書の)タイトルのようにカタカナで『何々ノオト』に合わせて、終章『ヒカリノオト』で(著書の)タイトルを章タイトルにしたら、自分の中で『うまくまとまった』と思い、編集部に提案しました」と振り返ると、編集者も「いいタイトルになりましたね」と太鼓判を押す。

 青春時代にあった音楽の原体験にもふれ「思春期ならではの悩みを抱えたときに、代弁してくれるような曲があって。僕の頃はBUMP OF CHICKENの曲がすごい、自分の言えないことをうまく言葉にしてくれていた感じでまさに救いの音でした」と話す河邉さんは、笑みを浮かべた。

 創作時には、登場人物のネーミングにも悩むという。「RPGのようなゲームをプレイするときも、めっちゃゲームをしたくてはじめたのに、最初の段階で名前決めるのに時間がかかって悩みます」と吐露した河邉さんは、作品の執筆では「実際の友人」など、身近な人びとの名前もヒントに「仮で1回(名前を)付けて、あとからもう1回考え直すのが多い」と明かす。

 ストーリーにも、自身の実体験を反映する。なかでも、思い入れがあるのは合唱コンクールに打ち込む高校生を描いた第四章「マホウノオト」だという。当初は異なるエピソードを書く予定だったが、編集側から「歌といえば、合唱。みんなが聴く音楽であれば『合唱がいいか』と提案」があり、現在の形となった。

 小説では「男子ー、真面目にやってー」と男子生徒が女子生徒にいさめられる、青春時代の“あるある”も表現されているが、河邉さん自身は中学や高校での合唱コンクールで「めっちゃ真面目にやっていましたね」とほがらかに回想。「絶対、合唱コンクールで『優勝してやる!』みたいな。今思うと、何のモチベーションだったんだっていうのはありますけど、とにかく合唱コンクールが楽しくて、中学時代は3年生で優勝できない悔しさもあったし、高校は合唱コンクールがあると聞いて選んだほどです」と語った。

 エピソード執筆にあたり、モデルにしたのは母校の「神戸高校」で「神戸高校の卒業生なら、絶対に分かる描写もところどころにあります」と明かし、当時の課題曲であった『サリマライズ』は「10年後も30年後も、同窓会で集まったらみんなが歌える(母校の)伝統」と、自身の青春時代に思いを巡らせた。

■新たな音楽や小説が生まれて「みんなの心が救われたり、明日の力になったりするはず」

 第一章「スクイノオト」では、曲が次々と消費される音楽業界について、登場人物が「コンビニに売ってる水みたい」と比喩する場面も。派生して、読者からは「河邉さんにとっての音楽とは?」との質問も寄せられた。

 日常で「なくてはならないもの」とする一方で「みんな、常に新しいものに満足して、過去のものは過ぎ去っていくだけ」として、先のセリフを原稿に生かしたと吐露。「音楽に限らず、本当にいい芸術が残り続けるとしたら、新しいものが生まれる必要はないので。小説も、過去の文豪たちが作った素晴らしい物語で『満足すればいいじゃん』となりますよね。でも、新しい人が作った今の時代の音楽、小説がどんどんできて、共有して、みんなの心が救われたり、明日の力になったりするはず」と、熱く持論を述べた。

 本書の中心には、登場人物たちに寄り添う歌詞のみのオリジナル曲「夢のうた」がある。自著のため、新たに作詞を手がけた河邉さんは、メロディは思い浮かべずとも「(想像する中での)同じメロディのところは、文節が同じ数になるように、歌詞の法則にのっとって書きました」と執筆当時を回想。第三章「コイノオト」で「夢のうた」について、登場人物が「歌詞の中に夏らしいものなんて何一つないのに、僕にとっては夏の歌だ」と述べる場面にも話題がおよび、読者から「歌詞や音の意味と(河邉さんの中でのイメージが)違う曲」を問われると先述のBUMP OF CHICKENによるアルバム「ユグドラシル」などを挙げ「思い出に残るものだから、バンドをはじめた高校時代の神戸の街並み、景色が浮かぶんです。音楽はそれができるのも不思議で、サブスクで久びさに聴くと『あの頃は、恥ずかしかったな』と思うし、いいことも悪いことも一緒にあるのが音楽だな」としみじみ語った。

 WEAVERの時代を知るファンからは、河邉が手がける「新たな歌詞に出会えるチャンスは?」と期待を寄せる質問も。「小説は自分だけで進められるけど、歌詞はメロディをつける人、歌う人のように色んな人の力が必要になってくる」と述べるも、「(歌詞を)書いていると言ったら期待させてしまいますけど、考えはあるので、長い目で見てもらいたいです。同じ言葉の表現である小説は、引き続き一生懸命書こうと思っているので、活動を応援してもらえたら」と明るくメッセージを残した。

 そしてじつは、本書の一節「誰にも見えない、心の壁で囲んだ場所」は、WEAVERの「Letter」から引用したフレーズであると言及。「過去に書いた歌詞と状況が合ってたんで、こっそり入れました」と話し、サイン会で「一部の人からは『歌詞が入っていましたよね』と言われて。よく気づいたなと思いました」と、活動を見守り続けるファンへの感謝もにじませた。

 約45分間の質疑応答を経た河邉さんは「みんなに直接お話しできるのがすごくうれしかったので、また、こういう機会があれば色んなことをお話ししていこうと思っております。今後ともどうぞよろしくお願いします!」と伝え、次回作への期待も高まるイベントは終了した。

取材・文=カネコシュウヘイ

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