「異議あり」突如、法廷を占拠した男の要求は「死刑囚の死刑執行」と「現場の生中継」! ミステリランキングを席巻した『爆弾』続編は エンタメ性200%増
PR 公開日:2024/8/2
いがぐり頭にくりっとした瞳、ぽんと突き出たビール腹。冴えない風体でのらりくらりとしゃべりつづけるあの男が、ヤバさマシマシで帰ってくる──!
2022年に刊行された『爆弾』(呉勝浩/講談社)は、その名のとおり、社会に爆弾を投げ込んだかのような一作だった。ある夜、些細な傷害事件により、警察に連行された中年男スズキタゴサク。よくある酔っ払いの暴力沙汰──警察はそう片付けようとするが、スズキは都内で発生する「爆発」を次々に予見する。取り調べを行う刑事たちをからかうように、次の爆発場所をクイズのように示唆するスズキ。この男は本当に爆弾を仕掛けたのか。その真意はどこにあるのか。スズキがとうとうと語る持論は煙のように心の隙間に入り込み、捜査や取り調べにあたる警察官、そして読み手の中に眠る悪意や偏見、欲望を炙り出していく。この濃密な心理戦、誰からも顧みられない「無敵の人」による事件の衝撃が話題を呼び、同書は国内のミステリランキングで1位を獲得し、直木賞候補にも選ばれた。
そんなスズキタゴサクが、『法廷占拠 爆弾2』(呉勝浩/講談社)でまさかの復活を果たす。タイトルからも想像できるとおり、今度の舞台は法廷。98名もの死者を出した連続爆弾事件から約1年後、東京地方裁判所104号法廷で事件は起きる。
被害者遺族、報道関係者、傍聴人、総勢100名近い人々が見守る中、スズキは法廷で詭弁を繰り広げていた。そんな中、傍聴席の青年が突如「異議あり」と立ち上がる。柴咲奏多と名乗るその男は拳銃を手にしており、もうひとりの共犯者とともに瞬く間に法廷を占拠する。彼の要求は、死刑囚の死刑を執行すること。さらに、法廷に籠城する自分たちの姿を、配信サイトで生中継することも望んでいた。人質事件や誘拐を扱う警視庁特殊犯捜査第一係の高東柊作は、すべてをネット中継されるなか、人質を解放するようビデオ通話で柴咲と交渉することになる。
約100名の命がかかった攻防は、それだけでもヒリヒリするような緊張感だが、人質の中にスズキタゴサクがいることも事件を厄介にしていく。冷酷かつ理性的に人質を掌握する柴咲に対し、まるで緊張感のない様子でへらへらとおしゃべりし、警棒で殴られてもにたりと笑うスズキ。相手が理知的であるほど、スズキの捉えどころのないぬるぬるした不気味さが際立ち、異種格闘技戦のような緊迫感が生まれている。序盤で明かされる柴咲の生い立ちは不遇で、社会から打ち捨てられた存在という点ではスズキと近いものを感じる。だが、両者の考え方、生きるうえでのルールは食い違っており、そのズレ方も興味をそそる。
さらに、法廷には前作『爆弾』でスズキと対峙した交通巡査・倖田沙良、同じ所轄署に勤務する伊勢勇気の姿があるうえ、捜査班には前作でスズキと知恵比べをした類家も加わっている。果たして彼らは、どう事件に関わっていくのか。『爆弾』を読んでいなくても支障はないが、読んでおいたほうが何倍も楽しめるので、文庫化されたこのタイミングでぜひ前作にも触れてほしい。
やがて事態は思いがけない展開を迎え、登場人物の運命もピンボールのようにめまぐるしく弾かれ飛ばされていく。警察、柴咲たち犯人、スズキという三つ巴の戦いはどう転がっていくのか、犯人の真の目的は何か、スズキは何をしでかすのか、一瞬たりとも目が離せない。特に終盤は、驚きの連続。エンタメ度は前作を大きくしのぎ、柴咲という新たな悪意を前にしたスズキの怪物っぷりも貫録を増している。社会のルールに追い詰められた者をいかにして救済するのかという命題にも向き合い、社会派ミステリーとしても読みごたえ十分。ふたつ目の「爆弾」も、世間を震撼させることは間違いない。文句なしの傑作であり問題作だ。
文=野本由起