30秒で泣ける切ない超短編『すべての恋が終わるとしても』が大ヒット! 今、タイパ文芸が読まれる理由とは【冬野夜空インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2024/7/31

 恋の切なさ、ほろ苦さ、甘酸っぱさを140字ぴったりで記した超短編「すべての恋が終わるとしても」シリーズの勢いが止まらない。TikTokの紹介動画がバズり、気付けばシリーズ累計50万部突破のベストセラーに。“タイパ文芸”の火付け役としても話題だ。同作について、著者の冬野夜空さんにお話を伺った。

小説の世界にも押し寄せる“タイパ”の波

――冬野さんには、デビュー1年目の2020年にもダ・ヴィンチWebのインタビューに登場していただきました。当時は大学生でしたが、今は生活環境もだいぶ変わったのではないでしょうか。

冬野夜空さん(以下、冬野):そうですね。今は作家専業になりました。以前は実家の近くで暮らしていましたが、去年は九州、今は東北といろいろなところを転々としながら小説を書いています。

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――引っ越しがお好きなんですか?

冬野:環境を変えるのが好きなんです。都会だと誘惑が多いので、仕事でも自分磨きでも自分を律することが難しくて(笑)。それで、今は地方で生活しています。

――今回は「すべての恋が終わるとしても」シリーズについてお話を伺います。冬野さんが、ご自身のTwitter(現X)で140字小説を投稿するようになったのはなぜでしょう。

冬野:きっかけはふたつあります。今、作家がSNS上でのサインプレゼント企画をやっていますが、あれを浸透させたのはおそらく自分なんです。当時はまだこの企画をやっている人が少なかったせいか、告知をしたら一晩で5000リツイートくらいされて、フォロワーも3000人から4000人くらい増えたんですね。それ以降、いろんな作家さんから「自分も真似していいですか?」とDMをいただくことも増えました。

 ただ、数は増えたとはいえ、ほとんどがプレゼント目当てのフォロワーさんです。プレゼント企画が終わったらフォローを解除されるだろうと思い、そうならないよう「この人をフォローしておくと面白いことがあるな」とアピールするために、140字小説を始めました。

 もうひとつのきっかけは、これからは“タイパ文芸”が来るだろうと思ったことです。YouTubeでショート動画が流行ったり、TikTokが人気だったりするのを見て、娯楽が加速していると思ったんですね。できる限り短い時間で、面白さを感じられるもののほうが需要が高いと思い、それを小説でやるならこの形だろうと思いました。最初はフォロワーさんをつなぎとめるために始めましたが、こうした思いもあって書籍化するために書き続けました。

――SNS上での反響はいかがでしたか?

冬野:140字小説自体は、自分が始めたわけではありません。なので、最初は「あ、この人も140字小説を書いてるんだ」くらいの感じだった気がします。ただ、アマチュア作家や140字小説に特化したクリエイターではなく、プロの作家が書くことに新鮮味を感じていただけたのかなと思います。

――SNSでのプレゼント企画にしても“タイパ文芸”にしても、冬野さんは世の中を俯瞰して作家活動を行っているように感じます。

冬野:そうですね。市場を俯瞰して何が求められているかを考えながら創作活動をしていますし、そういうことが得意な作家だと思うんですね。もともとそういう性質なので、“タイパ文芸”にも適性があったんじゃないかと思います。

――冬野さんは、これまでじっくり楽しめる長編を書いてきました。小説にもタイパが求められることについて、どうお考えでしょう。

冬野:今、読書離れが激しいですよね。約300ページ、10万文字の小説を読むのは面倒だという声があるのもよくわかります。それに、YouTubeや動画・音楽のサブスクリプションサービスの場合、何もしなくても向こうから娯楽が流れてきますが、読書は自分が動かないと始まりません。言ってしまえば、読書は今の時代に合わないものなのかもしれません。だからこそ、「読むぞ!」と頑張らなくても読める長さにするのが大事かなと思いました。

ひとつのシチュエーションと感情を切り取り、共感を誘う

――「すべての恋が終わるとしても」シリーズには、失恋あり、甘い恋あり、ちょっとひねったオチあり、2編で対になった作品ありと、バラエティに富んだ140字小説が収録されています。ネタはどうやって考えているのでしょうか。

冬野:人から聞いた話、もしくは実体験が多いですね。ひとつの経験でも、視点を変えると2、3編書けるんです。例えば失恋ひとつとっても、失恋直後の落ち込んでいるところと少し時間が経って吹っ切れたところを書くのでは、全然別ものです。もっと言えば、失恋した側と失恋させた側、ふたつの視点からも書けますよね。そうやって、同じ経験からいくつか物語を引っ張り出すこともします。

 あと、私生活で目に留まったことを拡大してお話に変えることもあります。2巻の『すべての恋が終わるとしても―140字のさよならの話―』の「あいどる」は、偶然耳にした会話をネタにしました。いろんなところから、けっこう無理やりネタを引っ張ってきていますね(笑)。

――それをどうやって140字小説にしていくのでしょうか。

冬野:ネタを膨らませて、まず150~160文字の小説を書きます。そこから削っていき、140字ぴったりに収めていきます。最初から140文字ぴったりに収めようと意識すると、内容がスカスカになるんですよ。ポエムっぽくなって、小説ではなくなってしまうことが多くて。だから、いったん多めの文字数で書いたほうが、いいものになりやすいですね。

――140字だからこそ、恋する気持ちや情景がギュッと凝縮され、ダイレクトに感情が伝わってきます。読者の共感を得るために、大切にしていることはありますか?

冬野:140字小説は、ひとつのシチュエーションと感情を切り取っているので、読者も等身大に感じやすいんでしょうね。だからこそ、心情描写は大事にしています。中でも、どうしてその心理になったのか、原因と結果を両方書くことを意識していますね。文字数が少ないので描写が足りなくなることもありますが、その分、読み手の考察の余地があると前向きに捉えています(笑)。

――確かに、ネット上でもそれぞれの解釈や考察を書き込んで楽しんでいる読者も見かけますね。

冬野:あえてふたつの意味に取れるようにすることもあるんです。考察を楽しむのも、140字小説の醍醐味のひとつかなと思いますね。

――「あ、そういうことだったのか!」と、何度も読み返したくなる作品も多いですよね。タイパだけでなく、コスパもいい作品集だなと思いました。

冬野:しかも、その時に自分が抱いている感情によって読み方も変わるので、確かにコスパはいいかもしれません(笑)。一般的な長編小説より、楽しみ方が豊富なのかなと思います。

――失恋ものからほっこり系までいろいろな作品が収録されていますが、冬野さんご自身はどういったジャンルがお得意なのでしょうか。

冬野:うーん、何でしょう。これは長編でも同じですが、幸せな様子より不幸な場面を書くほうが楽しいんです(笑)。だから、失恋もののほうが得意かもしれません。

――ご自身でお好きなのは、どの140字小説ですか?

冬野:3巻の『すべての恋が終わるとしても―140字の忘れられない恋―』の「一生の推し」は好きですね。ほっこりするし、ちょっと切なさもあっていい塩梅に仕上がったなと思います。ストレスなく読めるところが好きです。

――読者の間で人気の作品は?

冬野:読者投票をしたところ、2巻に収録された「三月十四日」が人気でした。円周率がオチになっているお話ですね。私も印象に残っています。

密度の高い140字小説を書くことが、長編執筆の糧に

――単行本各巻には、140字小説のほかに短編も収録されています。それぞれの見どころを教えてください。まず1巻目『すべての恋が終わるとしても―140字の恋の話―』に収録された「虹の宝物」について。

冬野:1作目は、Twitterに載せた140字小説を書籍化したので、いろいろなジャンルが入り混じっていました。そこで、短編では自分らしさを出そうと思って。これまでの長編の読者に向けて、冬野夜空らしい短編を書きました。

――2巻目の「この人を好きになってよかった」はいかがでしょう。

冬野:2作目に収録した140字小説は、「等身大の切ない恋愛」をテーマにしていました。ですから短編も、等身大の恋をイメージしています。実は、細かい部分は変えていますが8割くらい実話なんです。

――こんな素敵なラブストーリーが実話だとは。

冬野:私ではなく、仲がいい友人の経験談なんですけど。冒頭で、主人公の男の子が泣きながら友達に電話しているシーンがありますよね。あの電話の相手が私なんです(笑)。20代半ばであれば、誰しも経験していそうな恋愛を意識して書きました。

――3巻目は、どんなテーマだったのでしょうか。

冬野:2巻目と近いイメージですね。2巻目は失恋ものが多かったのですが、その雰囲気も残しつつ、ちょっと違うテイストも入れています。

――3巻目に収録された「ある日、道端で彼女を拾った」も、とても切ない短編です。

冬野:担当編集さんから提案されたネタをブラッシュアップして、短編にまとめました。

――長編にもできそうな話だなと思いました。

冬野:自分もそう思いました。「やっぱり短編は文字量が足りないな」というのが正直な感想です(笑)。

――140字小説を執筆した経験は、長編にも生かされているのでしょうか。

冬野:そうですね。大事なことを短くまとめる力があれば、密度の高い文章を書けるので、140字小説がいい練習になりました。140字小説って、意外と難しいみたいなんです。他の作家さんに「書いてみて」と言っても、小説の形にならないことも多くて。140字でまとめる練習は、けっこう大事なのかもしれないと思いました。

タイパ文芸とTikTokショート動画は相性がいい

――このシリーズの読者は、どれくらいの年代が多いのでしょうか。

冬野:当初は、ある程度恋愛経験を積んでいて、一度は大失恋をしたことがあるような20代の人たちに刺さるお話を書いているつもりでした。ですが、TikTokでバズったのがきっかけで、気づけば読者の年齢層が下がっていました。今は小中学生も手に取ってくれているようです。

――TikTokでバズり、いわゆる「TikTok売れ」していく過程をどうご覧になっていましたか?

冬野:あんまり実感がないんですよね。TikTok売れしている他の作品を見ると、大体ひとつの投稿で大バズりしています。でも、このシリーズは複数の投稿がちょいバズりしているんです。その分、単行本への動線は増えたのだと思いますが、「こんなに盛り上がるものなんだ」というのが正直な感想です。

――TikTokとの相性の良さ、ここまでヒットした理由について、冬野さんご自身はどう考えていますか?

冬野:TikTokユーザーと、この作品の読者層が一致していたんでしょうね。TikTokをやっている子たちは、布教したいという気持ちが強いような気がして。好きな作品を広めるために投稿して、あわよくば自分もバズりたいという女の子が多いと思うんです。この小説は、「私も投稿してみようかな」と読者の気持ちを煽れる作品だったんだろうなと思います。ここまでのバズりを狙ったわけではありませんが、共感を呼ぶ作品ではありますし、“タイパ文芸”とTikTokのショート動画は相性が良かったんだなとあらためて思いました。

――この本を買うために、初めて書店に行ったという方も多いそうです。どの棚にあるかわからないので、店員さんにスマホのTikTok動画を見せて「この本をください」と言うケースも多いとか。そうやって本を読む人、書店に行く人が増えたことについては、どう思いますか?

冬野:市場が縮小しているので、読書人口が増えるのは素直にありがたいです。自分はSNSに強い作家だと思っているので、そこにアプローチできて読者層が広がったのはうれしいですね。

趣味を全開にした「泣けるファンタジー」を書きたい

――シリーズは第3弾まで発売されていますが、この先もずっと140字小説を続けていくのでしょうか。

冬野:ネタさえあれば書けるので、続けられるなら続けたいですね。書店でシリーズ3冊の書影が並んでいるとかわいいですし、3冊くらいがちょうどいい気もしますが、要望があれば書きます。

――これからの作家活動についてもお聞かせください。7月28日に『あの夏、夢の終わりで恋をした。』の単行本が発売されたばかりですが、今後はどういう作品を書いていきたいですか?

冬野:そもそも自分は、恋愛小説があんまり得意じゃないんです(笑)。もともとファンタジーやSFが好きだったのですが、箸休めのように恋愛小説を書いたところ、そっちでデビューしてしまって。自分が本来書きたかったジャンルにも挑戦したいです。

 あとは、メディアミックス展開を狙いたいですね。目標はアニメ化ですが、自分の作風に合いそうなのは実写映画なので、まずはそこを目指したいです。

――冬野さんの趣味全開で書くと、どんな作品になるのでしょうか。

冬野:以前、ガチガチのファンタジーを企画したことがあるのですが、それは『進撃の巨人』(諫山創/講談社)のような世界観でした。他にも、SF作家・伊藤計劃さんの『ハーモニー』(早川書房)をライトにしたような小説を考えたこともあります。いわゆる「なろう系」も好きなので、娯楽に全フリした作品をもっと書きたいです。

――とはいえ、恋愛小説を求める読者も多いのではないかと思います。

冬野:そうなんです。ですから、恋愛小説ももちろん続けていきます。そのうえで、冬野夜空の特徴である「恋愛」「感動」を入れつつ、自分の書きたいものを書こうかなと。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(暁佳奈/KAエスマ文庫)を冬野夜空色にしたような、泣けるファンタジーを書いてみたいです。

――そちらも楽しみです。140字小説をはじめ、新しいものにチャレンジしたいという気持ちがお強いんですね。

冬野:そうですね。なんであれ、パイオニアが最強なので。新しいことを始めてうまく行けば、最初に挑戦した人が一番強いので、そうなれたらうれしいです(笑)。

取材・文=野本由起

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