五条悟の“理不尽すぎる強さ”がSNSでも話題に。『呪術廻戦』ボドゲ開発元に狙いを聞いた
公開日:2024/8/4
集英社ゲームズのゲームブランド「マンガボドゲ」から、5作目となるボードゲーム『呪術廻戦 呪霊逃走 -渋谷事変-』が2024年5月に発売された。呪霊(負の感情やエネルギーから生まれた霊)となって最強の呪術師・五条悟から逃げ回るというゲームで、原作ファンはもちろん、読んだことのない人も、作品の世界観を味わいながら楽しめる。集英社ゲームズのゲームデザイナー・ミヤザキユウさんに、開発ストーリーやマンガボドゲの魅力を聞いた。
『呪術廻戦』は対称型ゲームである必要はない
――まずはゲームの概要をご紹介ください。
ミヤザキユウさん(以下、ミヤザキ):舞台となるのは渋谷で、2023年にアニメ放送もされた「渋谷事変」の戦いを体験できるゲームです。作中では敵である呪霊になって、五条悟から7ラウンド逃げ切ると、夏油傑(げとうすぐる)と名乗る呪詛師がやってきて、五条が封印されてしまいます。一方で五条は、夏油が現れるまでに呪霊を2体以上祓えば勝ち。あるいは、渋谷に囚われた人間を全て救出できれば、人間をかばう必要がなくなるので、必殺技「無量空処」で勝つこともできます。
――ゲームのコンセプトでこだわったポイントは?
ミヤザキ:最初に「我々は五条悟の最強さを本当の意味では理解できていないのでは?」というのがあります。五条は作中でもいろいろなキャラクターから最強だといわれ、呪霊たちからも「五条悟はどうすれば倒せるんだ」と恐れられる。でも読者からすると、五条の強さを絵や文字で見ることはできても、体験することはできませんでした。なので、それを仮想体験できるゲームにしたいよねと。
――五条の理不尽な強さが、ゲームでもしっかり体現されている?
ミヤザキ:やっぱりボードゲームのよさは、自分自身がキャラクターになって、自分の頭で考えて動かせることだと思っています。『呪術廻戦』のボードゲームなら、五条悟が強いのは当たり前。自分が五条悟になったときに、弱いとおかしいですよね。
――これまで『ONE PIECE』『BLEACH』など4作のマンガボドゲを制作されてきました。今回、『呪術廻戦』を題材にした理由を教えてください。
ミヤザキ:まず作品が非常に盛り上がっているタイミングであること。そして作品自体にゲーム的な要素があるといいますか、呪術を使うためのルールや縛りがあって、ゲームにしたときに読者の方にも受け入れられやすいのではないかとも考えました。あと単純に、制作チームに『呪術廻戦』を好きなメンバーが多いですね。熱量高く作れるものであるというのが、企画の最初にあるかなと思います。ただ、あれもこれもと詰め込んで、かなり頑張りすぎてしまいましたね(笑)。
――過去の作品とは違い、今回は非対称型です。その意図は?
ミヤザキ:プレイヤー全員に同じ機会が与えられ、能力にも明確な差がないゲームデザインだと、一般的に「ゲームバランスがいい」といわれます。でも『呪術廻戦』としての正しいバランスは、五条悟が最強ということ。対称型である必要はないよね、となりました。
――一対多としたときに、いわゆる主人公サイドを「多」にすることがセオリーですが、今回は構図が逆です。原作解釈により近づけることが狙いでしょうか。
ミヤザキ:そうですね、少数だけれども強いというのが、「最強」を際立たせるというコンセプトにハマりました。ベースになっているのは、勇者パーティーになって魔王から逃げる『勇者が一撃でやられた!』というボードゲームです。今回は『勇者が一撃でやられた!』を開発したデザイナーの方々にお声がけをして、ゲームデザインを担当していただきました。
――構想から制作までの期間は?また特に大変だったことは何ですか。
ミヤザキ:だいたい1年弱です。マンガボドゲ全般の話にもなりますが、やはり作品の魅力を伝えることと、ゲームとしておもしろいことを両立させることが宿命でもあるので、ゲームデザインは大変でしたね。
――SNSでも五条悟の強さに絶望しているポストが散見されました。これは狙い通りでしょうか。
ミヤザキ:そうですね。慣れるまでは五条に勝つのはかなり難しいと思いますが、「あのとき、五条悟と相対していた呪霊たちは本当に頑張っていたんだな…」と感じることができると思うので、原作をさらに楽しんでいただけるかもしれません(笑)
――発売後の反響は?
ミヤザキ:ゲームで遊んだり、飾って楽しんでいただいたり、非常にいい感触で受け入れていただいているのかなと思います。発売前には渋谷で世界最速体験会も実施していて、事前抽選制でしたが定員の10倍以上の応募がありました。作品のファンの方に集まって楽しんでいただき、すごくいい空間になりましたね。
「作品の魅力」と「ゲームとしての楽しさ」を両立
――ボードゲームブランド『マンガボドゲ』はどのように生まれたのでしょうか。
ミヤザキ:マンガボドゲをブランド化する前に制作した『BLEACH巻頭歌骨牌 SONGS OF THE SOUL』というカルタがきっかけでした。現在のマンガボドゲシリーズのプロデューサーが、当時『BLEACH』のファンクラブの運営も担当していて、ファンクラブ向けの商品として2021年12月に『BLEACH巻頭歌骨牌 SONGS OF THE SOUL』を企画・開発しました。発売後すぐに完売して「再販はないのか」というお声をたくさんいただきました。そこで、漫画を原作とするボードゲームが受け入れられるという手応えを感じ、マンガボドゲを立ち上げ、シリーズ第一弾として2022年12月に『BLEACH 巻頭歌骨牌 SONGS OF THE SOUL』と『ONE PIECE VIVRE RUSH』を同時発売しました。
――2022年といえばコロナ禍ですね。対面でのコミュニケーションが必要なボードゲームをブランド化するにあたり、課題に感じることはありましたか。
ミヤザキ:ボードゲームは外出せずに少人数で遊べることもあって、実は市場としてはコロナ禍に成長したんです。「ボードゲームっていいよね」という空気が醸成されたので、期せずして追い風になったのかもしれません。
――これまでの作品を見ると、ファン向けの要素が強い作品と、原作を知らなくてもゲームとして楽しめる作品があります。意識して作り分けをしているのでしょうか。
ミヤザキ:特に作り分けはしていません。ファンの方に喜んでもらえて、ファン同士でコミュニケーションが生まれることを意識して作っています。それによって原作漫画をより好きになってもらいたいというのが、マンガボドゲのコンセプトです。
――ゲーム化する作品は、どのような観点で選んでいるのでしょうか。
ミヤザキ:「この作品で作りたい」と編集部に提案することもあれば、逆に編集部からお声がけいただくこともあります。2023年に発売した『同棲不動産』は、『マーガレット』と『別冊マーガレット』の60周年企画の一環としてお声がけいただいて実現した作品です。
――既存の作品(原作)を活用したボードゲームの開発において難しいところは?また他のボードゲームにはない魅力があれば教えてください。
ミヤザキ:難しいのは、作品の魅力を伝えることと、ゲームとしての楽しさの両立ですね。またゲームデザイナーとして、すでにあるゲームに作品をのせるだけ、というのはやりたくありません。作品ごとにオリジナルでゲームを作るというのが魅力でもあり、開発側にとっての難しいところですね。「これは『ONE PIECE』のゲームになっているのか」「本当に『ハイキュー!!』のゲームといえるのか」というのは、常にチーム内でも問い続けています。またその作品だから許されるゲームのあり方、原作があるからこそ成立する仕組みを体験できるのは、マンガボドゲの魅力だと思います。
――過去の作品のなかで、最も難航した作品は?
ミヤザキ:それぞれに結構苦労がありましたが、強いて挙げるなら最初の『BLEACH 巻頭歌骨牌 SONGS OF THE SOUL』『ONE PIECE VIVRE RUSH』です。ブランドの立ち上げ時期で我々も手探り状態のなか、作品の価値を損ねないように、試行錯誤して開発を進めました。作品に対して妥協しないという気持ちは、作品数が増えても忘れてはいけないと思っていることですね。
――今後の展望を教えてください。
ミヤザキ:今後も新作を作り続けるために、チャレンジをしていきたいと、チーム内でも常に話しています。例えば今回の『呪術廻戦 呪霊逃走 -渋谷事変-』ですと、外部のゲームデザイナーさんと協力して作ることは、初めての取り組みでした。毎回新しいことに挑戦して「マンガボドゲやってくれたな」とファンの皆さんに驚かれるような作品を企画していきたいです。