結城真一郎氏インタビュー「算数の文章問題って矛盾だらけ。その感覚を作品に生かした」初の児童書は大人も楽しめる謎解きミステリ
更新日:2024/8/6
『#真相をお話しします』(新潮社)が累計50万部超の大ヒットを記録し、いま最も注目を集める小説家・結城真一郎氏。最新作『やらなくてもいい宿題』(主婦の友社)は「子どものための謎解きストーリー」。初の児童書に挑戦した結城氏にお話を伺った。
――『やらなくてもいい宿題』、謎の転校生・ナイトウカンナが出題する算数の問題に、まんまと翻弄されてしまいました。主人公・東雲数斗と同じく、ふつうに解いて「できた!」と思ったらひっくり返されて悔しかったです(笑)。
結城真一郎さん(以下、結城):狙いどおりです(笑)。主婦の友社さんから児童書を書いてみませんかとご依頼いただいて、最初に考えたのは、ふだん本を読まない子たちに対してどうすればハードルを下げられるだろうか、ということだったんですよね。算数の文章題、と言われたら身構えてしまうけれど、ひっかけクイズと重なってダブルの謎解き要素を加えられたら、子どもたちも楽しんでもらえるんじゃないかな、と。
――大人も楽しめると思います。でも、問題を考えるのは難しかったのではないですか。
結城:そこがいちばん大変でした。ただ、算数の文章題って冷静に考えたら矛盾だらけだよな、というのは子どもの時から僕自身が感じていたことなんですよ。たとえば「分速50メートルで出発したAくんを30分後にBくんが追いかけて……」みたいな旅人算でも、どうして自分の歩く速度を認識しているんだ、そもそも永遠に変わらない速度で歩けると思ってるのか?と考えてしまうし、「50本の鉛筆を6人で分ける場合……」って、いったいなんのために!?と、いちいち突っ込まずにいられなかったんですよね。
――りんごとみかんの数が足りない問題に、「人数分用意しておけよ」と思った記憶があります(笑)。
結城:そうなんですよ。もちろん数学的思考を鍛えるうえでは重要な問題ですし、それはそれで解くのも楽しいのですが、せっかくならその感覚を作品に生かせば、おもしろいものになるんじゃないかなと思ったのが、きっかけの一つです。
――本作では、数学的思考でしっかり問題を解かせたあとに「でもそれだけでは通用しない現実もあるよね?」と一歩先を考えさせるつくりになっていて、「なるほど!」と納得する爽快感とともに、学びにもなるのがすごいなと思いました。
結城:その疑いのまなざしが実生活でどこまで生きているかはわかりませんが、僕自身、「見えていることの裏側で何が起きているのか」を考えるクセがついているおかげで『#真相をお話しします』みたいな小説が書けましたからね。子どものころから斜にかまえていて、隙あらば誰かをひっかけてやろうと考えていた、お世辞にも性格がいいとは言えないタイプだったけれど、ミステリーを書くうえでは必要なスキルだったかもしれないな、と最近では実感しています。
――初の児童書ということで、ほかに意識したことはありますか?
結城:あまり難しい言葉は使わないとか、小学生が学習する程度の算数で、ということくらいですね。自分の過去をふりかえっても、子どもだからといって手を抜かれたくはなかったですし、たぶん僕たちが思っている以上に、子どもたちは成熟していて物事をよく見て、考えている。ふだん本を読まない人にも手にとってもらいやすいように、という意識は、大人向けの小説を書くときも変わりませんし。
――その意識は、作家になってからずっと抱いているものなのでしょうか。
結城:デビューしてすぐのころは、正直、そこまで考える余裕はなかったのですが、2作目、3作目と重ねていくうちに、広い層に物語が届いてくれたらいいなと思うようになったんですよね。僕はいわゆる進学校の出身で、好奇心の旺盛な友人も多いのですが、日常的に読書している人間はほとんどいないに等しい。新潮ミステリー大賞でデビューが決まったことを、東大の同級生に伝えたら「どうせなら直木賞に応募すればよかったのに」と言われて。応募方法があるなら教えてくれよ!って思いましたけど、それくらい本を読む人と読まない人の間には隔たりがあるんだということを実感したんですよね。
――特に大人になってからは実用書以外は読まないという人も多いですよね。
結城:そうなんです。その垣根をいかに飛び越えるか、意識的に考え続けない限り、読書人口は広がっていかないだろうと危機感を抱いてもいて。海外文学のように、序盤で一族の歴史が語られるような作品も味わいがあって、僕自身は好きだけれど、書くうえではいかにキャッチーな題材を拾ってくるか、冒頭で引き込まれるような事件を起こすか、を考えるようにしています。ギミックの組み合わせが、僕の作家としての強みかもしれないな、とも感じているので。
――その強みをさらに生かすために、知識や情報を意識的にインプットしていたりもするのでしょうか。
結城:本を読んだり映画を観たりっていうのはもちろんですが、SNSで炎上していたり、ネット上で盛り上がったりしている話題については、とりあえずチェックするようにしています。くだらないって思われがちだけど、多くの人がどんな事象に関心を寄せていて、それに対してどういう意見が多いのかを知っておくことは、読書の垣根を下げるためにも必要なことだと思うんですよね。『#真相をお話しします』が多くの人に読んでいただけたのも、ふだん本を読まない人も話題にしやすい題材だった、ということが大きいと思うので。
――今作も、まずタイトルの『やらなくてもいい宿題』からしてキャッチーですよね。そして謎多き転校生のカンナ、世間をにぎわせる怪盗の正体、町の不思議な存在・魔女ばあと、気になる要素が山盛りです。
結城:くわえて、キャラクターの魅力をより引き立ててくれるかないさんのイラスト、算数の問題をわかりやすく解説してくれるマンガが挿入されたことは、僕にとってうれしい誤算でした。
――書いていていちばん楽しかったのはどんなところですか?
結城:今作に限らず、毎回小説を書いていておもしろいのは、最後のネタばらしに向けて風呂敷を広げていく作業。だから、カンナが出題している場面のどこに重要なフレーズを入れるか、どういう書きぶりをすればさらっと読み飛ばしてしまうけれど、ラストで「ああ!」と納得してもらえるかを考えるのは楽しかったですね。僕自身、ミステリーを読むときに「仕掛けを見破ってやろう!」とは思わないし、読者に挑戦するなんて大仰な話ではないのですが、謎解きをする段になって初めて新情報が明かされるのは、フェアじゃない。ラストにたどりつくために必要な情報は、それまでの過程にちゃんと仕込んでおきたいと思うので。
――その塩梅が本作も絶妙で「まさか、そことそこが繋がるとは!」の驚きも、読んでいて楽しかったです。
結城:よかったです。あとはカンナと数斗、それから航平の3人で公園のボートに乗りにいく場面も書いていて楽しかったですね。流水算の問題を解くためには、体験してみたほうがいいんじゃないかなという思いつきだったのですが、ジュブナイルっぽいわくわく感が表現できたんじゃないかなあと。
――出題者のカンナと回答者の数斗だけでなく、お調子者の航平も加え、3人組の物語にしたのはなぜだったのでしょう。
結城:なぜでしょうね? シンプルに、そのほうが楽しそうだと思ったからかな。人間関係が一対一で完結することって、現実ではほとんどありませんし、カンナが転校してくるまでの数斗には、一緒につるんでいた友達がいたはずで。2人の勝負に茶々を入れる航平という存在がいてくれたほうが、物語も広がってくれるんじゃないかなと思いました。それに、たぶん読者にとっては、航平のような存在がいちばん、感情移入しやすいんじゃないかと思いましたし。
――表紙には「算数バトル編」というサブタイトルが書かれているのですが……今後、ほかの科目でバトルする日も?
結城:どうでしょう(笑)。全然思いつかないけど「国語読解編」「理科実験編」ならできそうな気がしますよね。教科別にしなくとも、夏休み編や修学旅行編など、やりようによってはいくらでも広げていけるかな、と。どういう題材にせよ、読む人たちの心の裏をかいて、楽しんでもらえるようなものを書いていけたらと思っています。
取材・文=立花もも 撮影=島本絵梨佳