山田尚子監督「とても幸せなノベライズだと思いました」2024年8月30日公開の映画『きみの色』で描きたかったもの。そして小説版への思い【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2024/8/24

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年9月号からの転載です。

『きみの色』

 思春期の少年少女が抱える秘密や悩み。その柔らかな心を、彼らが奏でる音楽とともに描いた映画『きみの色』がまもなく公開される。早くも第26回上海国際映画祭で金爵賞アニメーション最優秀作品賞を受賞したこの映画について、そして公開に先駆けて刊行されたノベライズについて山田尚子監督に話を伺った。

取材・文:野本由起 写真:高橋しのの

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山田尚子さん
山田尚子監督

「音楽を奏でる作品を作りたかったんです」──これまで「けいおん!」シリーズなどで、音楽をフィルムに刻んできた山田尚子監督。このたび公開されるオリジナル長編アニメ映画もまた、音楽が核にある作品だ。

「私は楽器を演奏することに対して、憧れと尊敬を持ち続けているんです。どうやって演奏しているんだろう、どんな気持ちなんだろうとすごく知りたくて。描きがいがあるし、ずっとチャレンジしたい題材です」

 では、どんな人たちが音楽を奏でるのか。そう考えた時、頭に浮かんだのは思春期の少年少女のこと。

「SNSが普及した今、自分や友達の本音がどこにあるのか、たくさんのレイヤーが存在している気がします。『学校ではこういう自分を見せよう』『SNSではこういう自分』と、いろんなキャラクターを持ち、その時々でどれを選ぶか無意識でやりくりしているように思えて。今の若い人たちは優しくて繊細で、言葉の選び方も丁寧。やんちゃな失敗をすることもなく、思慮深く生活しているように見えます。それはどんな心の動きなんだろう、と興味がありました」

 こうした思いから生まれたのが、トツ子、きみ、ルイの3人。監督いわく「やわすぎる部分を持っている」高校生たちだ。

「やわい子たちですが、それぞれが色を持っている。顕微鏡で見たら構成している粒子が全然違う3人です」

 トツ子は、人を“色”で感じることができる高校生。いわゆる共感覚のようなものを想像しがちだが、山田監督はそういう定義はしていない。

「この作品では、言葉によって限定されるところからこぼれ落ちたものを描きたかったんです。だから、共感覚と簡単に言いたくなくて。名前がつくことによって心が楽になることもあれば、窮屈に感じることもある。今回はあくまで“トツ子の場合”という描き方でありたいな、と思っていました」

『きみの色』

3人の関係を通して描くささやかな幸せや赦し

“色”を感じるトツ子は、同じ高校に通うきみが放つ美しい“色”に心を奪われる。だが、きみが突然学校を辞めたため、トツ子は彼女に会いたくて行方を探すことに。いっぽうきみは、学校を中退したことを同居する祖母に打ち明けられずにいた。

「きみちゃんは、自分を信じきれていない子です。理由はわからないけれど自己評価が低く、周りからどんなに期待されても、自分で自分を信用していないのでどうしようもない。でも、それって多くの人が持つ感覚かもしれないなと思っていて。そんなきみちゃんが、トツ子やルイ君と出会うことで自分の形を見つけていきます」

 学校に通っているふりをしながら、古書店でバイトを始めたきみ。そこにトツ子、そして音楽好きの男子高校生ルイが現れたことから、物語は大きく動き出す。トツ子のひと言により、思いがけずバンドを始めることになった3人。それぞれが思い切ってジャンプした瞬間に、観ているこちらも勇気づけられる。

「人生において『バンドをやりませんか』って、なかなか言う機会がないなぁと思って。このセリフがどうやって生まれるのか、考えながらすごくワクワクしました」

 バンド編成は、ギター&ボーカルのきみ、ピアノのトツ子、そしてオルガンとテルミンのルイ。ユニークな編成に思えるが……?

「もともと電子音楽が好きなので、こういった編成に違和感がなくて。最初プロデューサーやスタッフから『どういうバンドなのか見当がつかない』と言われましたが、決まりなんてないしな、と思っていました。そもそもルイ君はパソコンで音楽を作れるので、どんな音でも使えるし、ヘッドホンをしてもできるから気軽に始められます。自分の中だけでこっそりできることを大事にしたくて、このバンド編成になりました」

 3人が奏でる楽曲は、音楽を担当する牛尾憲輔さんの手によるもの。

「“プロが作ったように聴こえない音楽”を作ってもらいました。ずっと楽器に触れてきたわけではない3人でも、練習したらこのフレーズを演奏できるようになる。シンプルだけど、作品世界に自然に沁み込むような音楽にしていただけたと思います」

 互いに交わることで起きる小さな変化。そんな当たり前だけれど大切なことが、真摯に描かれていく。

「そう、身も蓋もない言い方をすれば、友達ができたっていうただそれだけの話なのかもしれません。でも、そこにささやかながらも幸せや赦しがある。そう描けていたらうれしいです」

『きみの色』

『きみの色』

一人ひとりを真摯に追った心揺さぶるノベライズ

 映画の公開に先駆け、『小説 きみの色』も刊行された。映画では語られなかったトツ子の幼少期、きみやルイの家庭環境などが、細やかな心理描写とともにひもとかれていく。

「一人ひとり、どのキャラクターも手放さず、真摯に追いかけてくださっていることに感動しました。登場人物を好きになるような掘り下げ方でしたし、面白いし、ちょっと胸が痛くもなる。読みながら感情を揺さぶられました」

 著者の佐野晶さんとは打ち合わせをしたものの、監督から事細かく要望を伝えたわけではない。それでも、映画と小説から受ける印象は不思議と共通している。

「作品の核の部分を共有して、あとは佐野さんの考える『きみの色』を書いていただきたいと思いました。映像と小説ではそれぞれの伝え方に違いがあります。ただ、作品が大切にしている部分が指差し確認できていれば大丈夫、という気持ちでした。読んでいくうちにするすると作品世界に連れていかれるようで、佐野さん自身の作品としてこの小説を書いてくださっているように感じました。たくさんの言葉で丁寧に描写しつつ、曖昧な部分も残していますし、小説という媒体に最適化されている。そのバランスが心地よく、とても幸せなノベライズだと思いました」

 小説を読んでから映画を観るもよし、その逆もよし。ふたつを行き来する楽しさも味わえる。

「難しい話ではないので、映画は肩の力を抜いて観ていただけたら。映画と小説は……いや、どっちが先でもいいか(笑)。各々のタイミングで、ぜひ両方楽しんでください」

やまだ・なおこ●2009年、TVアニメ『けいおん!』で監督デビュー。11年、『映画けいおん!』にて長編映画初監督を務める。22年、TVアニメ『平家物語』、24年リリース予定のショートフィルム『Garden of Remembrance』を監督。『きみの色』で、第26回上海国際映画祭金爵賞アニメーション最優秀作品賞を受賞。

バンドを組む仲間たち

日暮トツ子

日暮トツ子 声:鈴川紗由
学校の寮で暮らす高校生。子供の頃から人が“色”で見えるが、唯一自分の“色”だけは見えない。美しい“色”を放つきみに惹かれる。担当はピアノ。

作永きみ

作永きみ 声:髙石あかり
トツ子と同じ学校に通っていたが、突然中退。同居する祖母に言い出せず、毎日学校に行くふりをしながら古書店でアルバイトをしている。担当はボーカルとギター。

影平ルイ

影平ルイ 声:木戸大聖
離島で暮らす、音楽が好きで物静かな高校生。母親に家業の病院を継ぐことを強く期待され、好きな音楽の道に進みたい本心を隠している。担当はテルミンとオルガン

『きみの色』

『きみの色』
監督:山田尚子 脚本:吉田玲子 音楽・音楽監督:牛尾憲輔
主題歌:Mr.Children「in the pocket」(TOY’S FACTORY)
キャラクターデザイン・作画監督:小島崇史 キャラクターデザイン原案:ダイスケリチャード 
声の出演:鈴川紗由、髙石あかり、木戸大聖、新垣結衣ほか 企画・プロデュース:STORY inc.
制作・プロデュース:サイエンスSARU 製作:「きみの色」製作委員会 配給:東宝 2024年8月30日(金)より公開

人を「色」で感じるトツ子は、美しい色を放つ少女きみと、街の古書店で出会った少年ルイとバンドを組むことに。学校を辞めたことを家族に打ち明けられないきみ。医者になることを期待されているルイ。誰にも言えない悩みを抱える3人は、音楽を通して心を通わせていく。

©2024「きみの色」製作委員会

 

『小説 きみの色』書影

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『小説 きみの色』
佐野 晶:著 「きみの色」製作委員会:原作 宝島社文庫 820円(税込)
映画『きみの色』を劇場公開に先駆けて、完全ノベライズ。映画では語られなかった3人の生い立ちや家庭事情、心に秘めた思いを、丁寧かつ繊細に描き出している。

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