13歳少女、武蔵小杉のタワマンから宮崎県の推しのもとへ弾丸旅。中学生が直面する喪失と、推しへの旅路を描く『夏のピルグリム』

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/8/10

夏のピルグリム"
夏のピルグリム』(高山環/ポプラ社)

 大人になって長い夏休みがなくなっても、夏という季節が来るたびに、立ち止まって「人生」や「死」について思いを巡らせてしまうのは私だけだろうか。夏休み、賑やかな教室から離れて炎天下でひとり空を見上げた瞬間。祖父母の住む田舎の景色。夏だけ対面する見慣れない仏壇やお墓。蝉の声を聞くと、子どもの頃に見たそんな風景が蘇り、この世を去った者への思いと自分の人生が交錯する。この小説『夏のピルグリム』(高山環/ポプラ社)は、そんな夏だけの不思議で豊かな感覚を呼び起こす物語だ。

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 主人公は、受験を経て私立中学に入学したばかりの夏子。馴染めない学校でも、キャリアウーマンの母が厳しいタワマンの家でも居心地が悪い。学校での唯一の友達は「異次元アイドルグループ」を自称するすたーぱれっと、通称すたぱれの推し活仲間のマチだけ。しかし夏子は、マチが自分から離れてしまうのを恐れて、すたぱれのメンバーが好きなのは夏子ではなく幼い妹のチイちゃんだということをマチに隠している。夏子はいつも、自分にプレッシャーをかける母から逃れるように、チイちゃんと子ども部屋にこもり、チイちゃんの推しメンの羽猫くんの動画を見たり、一緒にお話を作ったりして過ごしていた。

 そんな中、羽猫くんがグループを離れ、活動を休止すると発表。田舎の宮崎県にいるという噂を聞いた夏子は、羽猫くんに会ってチイちゃんの願いを叶えるため、マチと一緒に宮崎へと向かう。両親に黙って家を飛び出した夏子は、誰にも頼らず自力で宮崎にたどり着こうと奮闘するが、お金も食事も交通手段もままならず、たびたび壁にぶつかって――。

 生真面目で周りの目を過剰に気にする夏子は、一見、どこにでもいる普通の13歳。しかし実は過去のとある出来事から、自分の未来を思い描けずにいる。ひとりで苦しみを抱え込む夏子だったが、旅先で出会う人々との関わりの中で大切なことに気付いていく。大人に無条件に反発するわけでもなく、冷めた視線で大人を見ていて、孤独に怯えてはいるが、13歳なりに打算的な夏子。そんな彼女の性格や心情がとてもリアルだからこそ、人の優しさに触れて少しずつ変わっていく夏子の姿が胸を打つ。

 夏子ほどの悲しい出来事を体験する人は稀かもしれない。しかし、過剰な自意識や孤独感、価値観を押し付ける親への反抗心は誰でも経験があるからこそ、読者は夏子に自分を重ねられる。特に、「自分は何者なのか」「何ができるのか」と思い悩む頃の中学生や高校生にとっては、夏子の巡礼は忘れられない物語になるだろう。

 しかし本作は、大人こそ読むべき小説だとも思う。本作で印象的なのは、登場する大人たちも、悩みながら、自分の将来や夢を思い描いていることだ。幼い子を持つ20代のシングルマザーから夏子の祖母まで、それぞれの世代が、喪失や挫折を経て「自分はこの先どう生きるか」に真剣に向き合っていて、その振る舞いや言葉で夏子に夢についてのヒントを与える。著者の高山環氏は、交通事故で死を意識した経験から、20年勤めた大手企業を退職して本格的に小説家を目指したという経歴を持つ。本作からは、人生の時間は限られていること、人は何歳からでも夢を見られるということを、物語の力で伝えるという著者の強い意思を感じた。

 蝉の声、小川の冷たさ、トラックの荷台で感じる友達の体温、歓楽街の喧騒など、巡礼のさなかで夏子が経験する各地の姿や夏の風景も丁寧に描かれていて、ひと夏の大冒険を経験した読後感に浸れる。いくつになっても自分探しの旅を続ける、すべての人にとっての自分の物語だ。

文=川辺美希

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