その怪談は現実を侵食する。日常を蝕む異音と悪臭は心霊現象か、それとも……? 創元ホラー長編賞受賞作!
PR 更新日:2024/9/11
近年、新たな才能によりホラーシーンが活気づいている。『近畿地方のある場所について』の背筋さん、『変な家』の雨穴さん、『かわいそ笑』の梨さんなど、新鋭作家がヒットを連発。ホラーブームを牽引する存在として、大きな注目を集めている。
そんな中、またしてもホラー小説界に大型新人が現れた。このたびデビューを飾った上條一輝さんは、会社員として働きつつ、Webメディア「オモコロ」で「加味條」としてライターとして活躍する32歳。初めて最後まで書き上げた長編小説『深淵のテレパス』(東京創元社)で、創元ホラー長編賞を受賞したのだから恐れ入る。
創元ホラー長編賞についても、簡単に説明しておこう。東京創元社が立ち上げた同賞は、『ぼぎわんが、来る』など「比嘉姉妹」シリーズの著者である澤村伊智さん、アンソロジスト/文芸評論家の東雅夫さんが選考委員を務めるホラー文学賞。応募総数206編の中から、このたび上條さんの作品が栄冠に輝いた。実はこの賞、「1回限り」と銘打たれている。だが、受賞作『深淵のテレパス』を読んだら、「こんな作品に出会えるなら、1回と言わずに今後も継続してほしい!」と熱望せずにいられない。なにしろこの小説、べらぼうに面白い。
事の起こりは、ある怪談を聞いたことだった。会社の部下に誘われ、大学のオカルト研究会の怪談イベントを訪れた高山カレンは、それ以来、怪談をなぞるかのような奇妙な現象に悩まされることになる。部屋の暗がりから響く、濡れた布を叩きつけるような異音。ドブ川のような悪臭。足跡の形をした汚水。心霊や呪いなど一切信じていなかったカレンだが、相次ぐ怪現象に追い詰められ、徐々に精神の均衡を崩していく。
やがて、藁にもすがる思いで助けを求めたのが、「あしや超常現象調査」の芦屋晴子と越野草太。彼らは、オカルトを肯定も否定もせず、地道な検証とデータの採取により、目の前の事象を解明するふたり組だった。
この小説を特徴づけているのが、晴子&越野コンビの立ち位置だろう。彼らは霊能者でなければ、特殊能力も持たない。ただ依頼人を悩みの種である超常現象から解放できればいい、というスタンスだ。例えば、天井裏から怪音がするという相談があれば、「音さえ鳴らなきゃいいんでしょ」とばかりに防音マットを天井板に敷き詰め、依頼人を納得させてしまう。音の正体はわからないままでも、悩みが解消されればそれでいいわけだ。
カレンの依頼に対しても、ふたりは「恨みを持つ者の嫌がらせではないか」「過去に同じ怪談を聞いた人たちの中にも、怪現象に見舞われた人はいないか」「お祓いは効かない。それなら別の線を探ろう」と、時に探偵や超能力者(!)の力を借りつつ、あらゆる角度から怪現象にアプローチしていく。こうして考えられる可能性を潰していった結果、やがてたどりつくのは途方もない仮説。行き止まりを避けながら「こっちの道じゃない。ってことは?」「こっちでもない。ってことは?」と洞窟を進んでいたら、気づいた時には地球の裏側にたどりついてしまったかのような、驚きの景色を見せてくれる。しかも、その地点までしれっと誘導する、上條さんの手綱さばきが実に巧みで心憎い。
ホラー文学賞を獲得し、怪談や超常現象を扱った作品ではあるが、“怖さ”をしのぐ“面白さ”。ホラーは苦手でも、“面白い小説”を読みたい人はぜひ手に取るべき一作だ。
文=野本由起