創元ホラー長編賞受賞作! 呪いを招く怪談、蝕まれる日常…新世代ホラーの嚆矢『深淵のテレパス』上條一輝インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2024/8/16

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年9月号からの転載です。

上條一輝さん

 今こそ読まれるべき傑作を求め、一回限りの新人賞として設立された創元ホラー長編賞。206の応募作品から選出された受賞作が、このたび刊行される。著者の上條一輝さんは、会社勤めをしながらWebメディア「オモコロ」にて「加味條」の名で活動するライター。同サイトでは、創作ホラーも発表している。

取材・文=野本由起 写真=TOWA

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「中高生の頃、2ちゃんねるオカルト板の『洒落怖』スレ(『死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?』スレッド)に、どっぷり肩まで浸かっていました。ホラー小説を読むようになったのは、社会人になってから。澤村伊智さんの『ぼぎわんが、来る』が映画化されるタイミングで文庫を手に取り、すっかりハマりました。その後、約5年前に転職したら、ちょっと時間ができたんですね。そこで『オモコロ』のライターに応募し、記事を書くようになりました」

 近年「オモコロ」からは「変な家」シリーズの雨穴さん、『かわいそ笑』の梨さんがホラー小説界に進出。上條さんもおふたりに続く形となった。

「『オモコロ』はやりたいことをやらせてくれるプラットフォームなので、書き手の趣味がまろび出るんです。雨穴さんの『変な家』が特大花火のように打ち上がったことで、ホラー系の記事に注目が集まるようになり、私もホラー記事を時折書くようになりました」

 とはいえ、小説を書き上げたのは今回が初めてだそう。

「小さい頃から趣味で小説を書いていましたが、設定だけ考えて満足したり、書き出しでやめてしまったりで完結させたことはありませんでした。ですがある時、澤村伊智さんのTwitter(現X)を見ていたら、創元ホラー長編賞について告知されていたんです。しかも『“一回限りの開催”なので、“様子見”という選択肢はありません』と書かれていて、これは応募しなければと思いました。私がホラー小説にハマるきっかけとなった澤村さんが選考委員をされていますし、『オモコロ』で書いたホラー記事も好意的に受け入れていただいたりと、今こそホラー小説を書くタイミングじゃないかと。そこで書いたのが、この小説でした」

霊能力を持たないふたりが超常現象を地道に検証

 事の起こりは、高山カレンが会社の部下に誘われ、大学の怪談イベントを観に行ったことだった。「あなたが、呼ばれています」──謎めいた女子学生から奇妙な怪談を語られたカレンは、その数日後から怪現象に悩まされることになる。暗がりから響くばしゃりという異音、鼻先をかすめるドブ川のような悪臭、床に残った汚水。女子学生が語った怪談をなぞるかのように、カレンの日常は怪異に浸食されていく。

「怪談やオカルトを研究する吉田悠軌さんの著書を読んで、怪談は語られる場だけで終わるのではなく、呪いを受けたかもしれないという気持ちを持ち帰り、余韻が続くところに面白さがあるのかなと感じたんです。怪談を聴き、本当に呪われてしまった人がいたとしたら、その後どうなるのか。しかも、興味もないのに連れて行かれた怪談会で呪われるとしたら、より理不尽で面白いんじゃないかと思いました」

 追い詰められたカレンが頼ったのは、YouTubeチャンネル「あしや超常現象調査」を運営する芦屋晴子と越野草太。超常現象に悩む人たちの依頼を受け、目の前の事象を分析して事態を解明する二人組だ。こうした設定にしたのは、現在の科学では説明できない現象を研究する「超心理学」への興味から。それこそが、この作品の出発点だったという。

「現実社会において幽霊はどういう位置づけなのか興味があり、研究結果を調べていたんです。心霊研究と言えば、かつてコナン・ドイルが傾倒していたことで有名ですよね。でも、今では下火になり、現在は超能力が研究対象となっています。その実験結果などを見て、この物語を膨らませていきました」

 晴子と越野は、霊能者でもなければ特殊能力も持たない。探偵や超能力者の力を借りることはあるが、あくまでも観察や実験、調査によって目の前の怪異に対処する。その過程が丹念に描かれ、オカルト否定派も超常現象の可能性を受け入れざるを得なくなっていく。

「この作品で想定しているリアリティラインを考慮して、霊能者ではない普通の人物をメインに据えました。それが、この作品のひとつの色になったのかなと思います。特別な力を持たない晴子たちが超常現象を解明するには、『誰かの嫌がらせか? いや違う。じゃあ、こうかもしれない』と、考え得る可能性を手際よく潰していくのが現実的なアプローチです。最終的な仮説を読者に納得してもらうためにも、できるだけ中盤までに可能性をひとつずつ潰していこうと思いました」

 晴子と越野は、同じ会社の上司と部下でもある。徐々に信頼関係を築いていくバディものとしての面白さもある。

「男女のペアで、なおかつ女性の立場が上という点は最初から決めていました。ただ、恋愛関係には絶対したくなくて。越野は身近な年上女性に無意識に依存してしまうところがあり、晴子に寄りかかっています。いっぽうの晴子は、何を考えているのかわからない人物として描きました。そこからだんだん関係が変化し、終盤では晴子が越野をどう見ているのか本心が語られていきます。このふたりに限らず、登場人物はオカルト肯定派と否定派など、対になる存在として造形していきました」

 作中では、晴子の過去について軽く触れられているが、詳しくは語られていない。となれば、当然続編を期待したくなるが……?

「初めて書いた応募作なのに、生意気にも続編の色気を出してしまいました(笑)。次巻も構想中です」

題材はホラーだが重視したのはエンタメ性

 晴子と越野の調査により、徐々に明かされていく怪異の裏側。だが、その正体を考えるにあたり、大いに苦戦したという。

「昨今はホラーブームで、ネタはもう出尽くしたように思えます。背筋さんの『近畿地方のある場所について』が流行ったことで、20年近く続いてきた民俗学ホラーブームも一段落しつつあるのではないでしょうか。ここから先は、ホラー作家がこぞって新しいネタを考えなきゃいけない、群雄割拠の時代。次の何かが見つかるまで、混乱が続くのではないかと勝手に思っています」

 そんな中、『深淵のテレパス』は、まさに新世代ホラーの嚆矢と言える作品となっている。

「まったく新しいモチーフとは言えませんが、組み合わせにより説得力や納得感が増すよう心掛けました。最終的な恐怖の対象については含みを持たせたかったので、自由に解釈できる部分も残しています」

 怪異を題材にしているが、“怖さ”よりも“面白さ”が優った娯楽小説。ホラー耐性が低い人でも楽しめる。

「『怖い怖い、もっと怖がらせてくれ』と恐怖を煽るより、純然たるエンターテインメントを目指して書きました。怖すぎるものは苦手な方も、ぜひこの小説をホラーの入り口にしていただけたらうれしいです」

 現在は会社員、ライター、作家の三足のわらじ状態だが、今後は作家業に軸足を移していきたいと語る。

「せっかく本を出すという夢を叶えたので、できるだけ小説に注力していきたいと思っています。しばらくは頑張ってホラーを書きつつ、ゆくゆくはジャンルを広げていけたら。ホラーにハマる前はミステリーが好きだったので、そういったジャンルにも挑戦してみたいです」

上條一輝
かみじょう・かずき●1992年、長野県生まれ。会社勤めの傍ら、Webメディア「オモコロ」にて加味條名義でライターとして活動。「おかんぎょさま」「人はいつホラー好きになるのか?『怖』とその遭遇座談会」などのホラー記事、サッカーに関する記事などを執筆。このたび『深淵のテレパス』で創元ホラー長編賞を受賞し、作家デビュー。

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