【第30回電撃小説大賞《銀賞》受賞】希望を失った少年の耳に鳴り響く歌声と愛の物語『星が果てても君は鳴れ』

文芸・カルチャー

公開日:2024/8/9

星が果てても君は鳴れ"
星が果てても君は鳴れ』(KADOKAWA)

 毎年、きらびやかな才能を世に送り出している電撃小説大賞。第30回電撃小説大賞《銀賞》を受賞した長山久竜氏の『星が果てても君は鳴れ』(KADOKAWA)は、音楽の力と究極の愛のかたちを描く、壮大なラブストーリーだ。

 eスポーツのプロを目指していた高校生の月城一輝は、交通事故で唯一の家族である母を亡くし、自身も事故の後遺症により音ゲーマーとしての未来を奪われてしまう。かねてより周囲の音がノイズに聴こえてしまう厄介な体質にも悩まされていた一輝。すべてに耐えられなくなった彼は、列車に飛び込んで自らの人生を終わらせようとした。

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 だが突如現れた見知らぬ少女に自殺の邪魔をされてしまう。少女の正体は、中学生で女優デビューを果たして国民的スターへと上り詰めながら、3ヶ月前に電撃引退した星宮未幸。未幸は彼に「生きたい」と思わせてみせると宣言する。それも、9ヶ月以内という時間制限を設けて――。

 未幸の強引なペースに巻き込まれた一輝は、彼女が中学生の妹・瑠姫那とともに暮らすマンションに住まいを移し、奇妙な共同生活を始めることになった。一体なぜ未幸は、一輝が自殺するという未来を変えるために、これほどまでに足掻き続けるのか。物語が進む中で、思いもよらぬ未幸側の事情と秘密が明かされていく。

 自身を取り囲むノイズが苦しくて自殺をしようとした一輝。才能を開花させながらもとある事情で未来に希望を抱けない未幸。対人恐怖症になり2年前から引きこもりを続けている瑠姫那。それぞれの苦悩を抱えた3人の心を支えるのが、音楽という存在である。ノイズまみれの世界に生きる一輝にとっての数少ない救いは、ネットの配信を中心に活躍する歌い手「はひゅー」の存在だ。歌声生成ソフト「ドロシー」を用いて作曲活動を行う「男捨離D」が作る曲を歌う「はひゅー」の声は、一輝の耳に心地よく響くのだった。残酷な歌詞と激しい曲調が特徴の「男捨離D」の曲と、透明感のある美しい高音の「はひゅー」の歌声。読者の耳に美しい音を奏でるようにつづられる楽曲描写には、本作の音楽小説としての魅力が詰まっている。

 音楽という要素とあわせて、本作の大きな柱となるのが、一輝と未幸の愛の物語である。当初の一輝にとって、未幸は最悪なかたちで出会いを果たした、厄介かつ迷惑な存在であった。だがさまざまな出来事を経て関係は変わり、彼女の勝気で明るい振る舞いの奥に隠された絶望を知ることになる。「忘れられたくない」という未幸の切実で、でも叶わないであろう願いを実現させるために、一輝は瑠姫那と力を合わせて彼女に大きな贈り物を届けるのだ。

 過酷な運命に抗いながら強く生きようとする未幸と、世界が嫌いだった一輝がたどり着く“希望”を描く、究極の愛の物語。未幸の願いは未来へと繋がり、その音色は誰かの心をこれからも揺さぶり続けるだろう。

文=嵯峨景子

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