大沢在昌の40年前のデビュー作が異例の再ブレイク!「佐久間公シリーズ」最初の短編集『感傷の街角』が復刊
PR 公開日:2024/8/13
「新宿鮫シリーズ」などのハードボイルド作品で大人の冒険心を刺激してきた大沢在昌氏。その初期の代表作が、失踪人探しが専門の探偵が活躍する「佐久間公シリーズ」だ。このシリーズが、7月10日発売の『標的走路』を皮切りに4作連続で文庫で復刊される。
この第1弾が発売後に異例の大重版!40年越しのリバイバルヒットとなり反響を呼んでいるが、その第2弾であり「佐久間公シリーズ」最初の短編集が『感傷の街角〈新装版〉失踪人調査人・佐久間公』だ。
表題作の「感傷の街角」は、大沢在昌氏が1979年に第1回小説推理新人賞を受賞したデビュー作。法律事務所で失踪人調査人として働く佐久間公は三連休を前に男たちに呼び出される。連れられた先で公は、暴走族のアタマと呼ばれる若い男から11年前に別れた女を探してほしいと頼まれる。「ただ、無性に会いたい」という動機に惹かれた公は、ボトル1本を報酬に引き受ける。横浜のディスコに行き、古株の店長に聞き込みをしようとするも、公は、店長が車内で殺されているのを発見して――。
公は、10代から20代の若い失踪人探しを得意としていて、上司の元勤務先である警察からも、その実力を一目置かれている。おしゃれでキザで、殺人現場にも危険と隣り合わせの仕事にもひるまないが、恋人の悠紀にはちょっと振り回されているチャーミングな男だ。
本作には、そんな彼が活躍する全7編を収録。それぞれのエピソードで公が探すのは、高校生の家出少年・少女や日本舞踊の家元の後継者、上京後、連絡がつかない妹といった若者たちだ。いずれの短編も、単に失踪人の行方を探し出すだけでは終わらない。失踪の裏にある予想外の事実が明らかになるだけでなく、別の事件や関係者が複雑に入り組んだ物語が展開される。公が、鋭い洞察力とコミュ力と度胸、そして人を見る目でそんな深い謎を回収していくさまが痛快だ。
しかし本作の魅力は、事実が明らかになっても残るやりきれなさだと思う。すべてがハッピーエンドとはいかず、誰かの悔しさや悲しみが残る。人の本心のすべてはわからないし、わかろうとすることが正しいとも限らない。本作では、大沢在昌氏がその後もずっと描き続けるこうした人生の苦さが、70~80年代の熱い若者文化と、東京や横浜のキラキラした街並みを背景に描かれている。
主人公の佐久間公と大沢在昌氏の共通点も興味深い。大沢氏は公を「若き日の自分の分身」と語っている。公は、探偵として事件に巻き込まれることはあれど、基本的には、人生の岐路に立つ者たちの人間模様の傍観者だ。しかし彼らの心に触れることで、確実に彼自身は変わり、大人になっていく。そんな姿が、小説を書くという人生を選択した大沢在昌氏の生き様にリンクする。探偵・佐久間公は、誰かの人生を物語として綴ることで、作家として年輪を重ね始めた当時の大沢自身なのではないだろうか。
各短編は、佐久間公シリーズの長編に比べてスピーディーに展開していくため、ハードボイルド初心者にも読みやすいと思う。改めてデビュー作を読み直したい大沢ファンだけでなく、大沢作品やハードボイルドの入門としてもおすすめの1冊だ。
文=川辺美希