町田そのこ氏最新刊『わたしの知る花』。人との繋がりの不思議さとあたたかさを描いた、愛おしい人生の物語

文芸・カルチャー

公開日:2024/8/13

わたしの知る花"
わたしの知る花』(中央公論新社)

 SNSをやっていると、時々まったく別ルートの知人同士が繋がっているのに驚くことがある。世の中狭いというかなんというか。自分の知らないその人の素顔を新鮮に感じたり、あらためて「ご縁だなぁ」と感じ入ったり。当たり前だが人にはそれぞれの人生があって、それらが少しずつ重なり合った先に自分の人生も繋がっている…そんな感覚をあらためて実感するものだ。町田そのこさんの新作『わたしの知る花』(中央公論新社)は、そんな人の繋がりの不思議さをキーにして、世代を超えた繊細な「想い」をやり取りしていく恋の物語だ。

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 高校1年生の安珠は、数カ月前から公園で見かけるようになったある老人――黒の開襟シャツとチノパンに麦わら帽子姿で、いつも手作りの画板を下げて一心に絵を描いているお爺さん――が気になっていた。噂によれば大昔にこのあたりに住んでいた人で、ヒモ暮らしで結婚詐欺のようなこともしていた人だとか。みんなが遠巻きにする中、ひょんなきっかけでお爺さんに話しかけた安珠はさらに興味を持つが、祖母からは「あいつは葛城平(へい)。そっとしておきな」と釘を刺されてしまう。そんなある日、ジェンダーアイデンティティに悩む親友の奏斗から「何もわかっていない」と心を閉ざされてしまう安珠。深く傷ついた彼女の前に現れたのは大きな「ひまわりの花束」を抱えた平だった。

 実は第1章の終わりに、平は心臓発作で孤独死してしまう。部屋に残されていたのは「小藤」という少女を主人公にした絵本の数々と1枚の写真(そこには若き日の祖母と平が写っていた)。どうしても気になって彼のことを調べ始めた安珠は、次第に平という人物の秘められた過去、そしてその恋を知り、人の繋がりの不思議さと人生の深みを知ることになる――。

 生前、平は親友との心のすれ違いに深く傷つく安珠に、ぽつりぽつりと自らを振り返りながら「一緒に生きていきたいと思う奴には必死で食らいついて、向き合え。後悔しないように」と語る。最初こそただの通りすがりの他人のはずなのに、ふとした瞬間に心が寄り添って、上の世代から下の世代へと伝えられていく「人生の大事なこと」。この物語にはそんな瞬間がいくつも登場して心に響く。たとえば、病死した母親を避けていたことを悔やむ娘は「豊かな時間を過ごしたなら、幸福を共有したのなら、それだけで奇跡。その時間を芯として生きると強くなれる」と生前の母を知る老婆からの言葉に救われ、自分の生き方が見つからずに迷う青年は「お前が、お前に素直に生きることだけが、正解だよ」と友人の祖父の言葉に救われ…親や先生といった身近な大人ではなく、ちょっとした縁で繋がった「他人」の言葉だからこそ、冷静に受け止め、前に進む力に変えていくことができるのかもしれない。

 町田そのこさんといえば、映画も大ヒットした本屋大賞受賞作『52ヘルツのクジラたち』の著者として知られる。本作でも繊細な心理描写は健在で、登場人物たちの人生が重なりあって運命の糸が少しずつ解きほぐされていく姿も鮮やか。そしてその目線は、やはり優しくあたたかい。

文=荒井理恵

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