「あなたに食べられたい」脱出を試みる生贄が、人間を食べない鬼に愛を囁き続ける『生贄のすゝめ』
更新日:2024/8/18
『生贄のすゝめ』(夢木みつる/白泉社)は、鬼に攫われた少女と鬼との関係を描いた異色の和風ファンタジーラブロマンス。鬼と人間の禁断の恋をテーマに、一筋縄ではいかないもどかしい恋愛模様としっかり作り込まれた和×妖怪の世界観が魅力の作品だ。
物語の舞台は、人間を捧げることで鬼との契約を維持する世界。鬼にとって人間は嗜好品で、鬼の頭領へ「美味そうな人間」を生贄として献上し町の平和が保たれてきた。主人公のふみは、新たな生贄として選ばれた少女。なんとか脱出を試みたい彼女は「私をおいしく食してほしい」と鬼へ囁き、10日の猶予を得ることに成功する。
しかしふみの浅知恵を見透かしたかのように、護衛の鬼一という鬼が現れる。クールな表情で淡々としているが「どうせ他の人間や鬼たちと同じなんだろう」と疑心暗鬼になったふみは、「ひとくちかじらせてあげる」と鬼一を挑発する。
ところが鬼一は、他の鬼と違い「人間を食べない」という異端の存在だった。
意に反して「お前を美しいとも 美味そうとも思わん」と突き放されたふみは、鬼一に心を奪われてしまう。鬼一とすごすささやかな時間に癒されていくふみ。しかし猶予の10日を待たず、突然の別れがやってきて…。
物語はふみと鬼一の奇妙な関係を軸に進展していく。ふみの鬼一への恋心は一途そのもので、「あなたに食べられたい」と愛を囁き、あの手この手で振り向かせようと画策するのだ。恋する乙女のまっすぐさが何とも愛おしい。
最初こそどれだけ愛を囁かれても微動だにしない鬼一だったが、ある事件をきっかけにふみへ向ける感情に変化の兆しをみせる。鬼一の心情が徐々につまびらかになっていく様子は必見だ。こうして、ふたりの間には次第に捕食者と生贄の関係を超えた深い情が生まれていく。
ふたりの恋模様に花を添えるのは、独自の感性で描かれた鬼の世界の描写だ。鬼の習慣や文化、そして鬼と人間が共存する困難さなど、細部まで丁寧に描かれている。丹念に作り込まれた世界観によって、種族の違いというハードルがより際立つ。そのハードルこそが、読者の恋心をさらに燃え上がらせるスパイスになっているのだ。
1巻では、食べられないままの生贄と鬼という関係のふたり。しかし、鬼一のふみに対する態度はどこか甘美で官能的だ。クールで淡々とした鬼一がみせる熱っぽい表情に、多くの読者はドキッとさせられてしまうだろう。対するふみも、少女のように顔を赤らめたかと思えば妖艶な笑みを向けるなど、さまざまな表情をのぞかせ見ていて飽きることがない。彼女が纏うきらびやかな衣装の数々も、ぜひ楽しんでもらいたいポイントだ。
はたして、鬼一とふみにはどんな展開が待っているのか。食うものと食われるもの。もどかしいラブストーリーはまだ始まったばかりだ。