『傲慢と善良』が幅広い年齢層に「自分自身を描いているようだ」と感じさせる理由。 映画主演・キスマイ藤ヶ谷&奈緒の心にも刺さった辻村深月作の恋愛ミステリー。
公開日:2024/9/25
辻村深月作品の大ファンの私だが、彼女の作品の魅力は「これって私のこと?」と思ってしまうほど深く共感できる心理描写と、最後に衝撃とカタルシスが起きるミステリー要素だと常々思ってきた。9月27日(金)に映画公開となる『傲慢と善良』(辻村深月/朝日新聞出版)で主演を務める藤ヶ谷太輔(Kis-My-Ft2)が「辻村さんは僕のことを知っているのかなって思えるぐらい、僕自身の物語のように思いました」と語っていて、氏の小説は性別や年齢も超えて多くの人の共感を得ているのだと改めて感じた。
本書は累計100万部。『人生で一番刺さった小説との声、続々』と文庫版の初版の帯にはあるように、辻村作品の中でも特に人気の高い一冊である。もうひとり主演を務める奈緒も辻村ファン。監督を『ブルーピリオド』の萩原健太郎が務め、脚本をドラマ『最愛』で人気を博した清水友佳子が担当し、映画としても期待が高まる作品だ。
西澤架(藤ヶ谷太輔)と坂庭真実(奈緒)は婚活を通して30代で出会い、結婚を決意。しかし式の準備を進めているうちに、真実が姿を消してしまう。真実は以前からストーカー被害に悩まされていたため、「何者かに連れ去られたのではないか」と考える架。手がかりを見つけるために彼女の実家や地元を巡るうちに、知らなかった“真実”、彼女の過去と対面していく。
本書は第一部が架視点、第二部が真実視点で進行しており、第一部には真実の視点・感情描写がほぼ存在しない。しかし架が真実の両親や職場の知人などから彼女の話を聞くうちに、読者の中にも「真実という人間」が明確に浮かび上がっていく。第二部で本人が登場する頃には、まるで幼い頃から知っている人間のように感じるほどに。その周囲から見えている真実、彼女の過去の発言や行動だけで人物像を作り上げる手腕が見事。
またそこで浮かび上がった真実は、多くの人が「いるなあこういう人」もしくは「自分だ」と感じる人物だ。その「こういう人」というのは、一言でいえば「いい人」。人の話を素直に聞き、人に迷惑をかけない。悪くいえば、自分がない。進学も就職も親から言われるにまま進めてきた真実には自分の希望や意思というものが長く存在しなかったことがわかっていく。そしてそんな真実を作ったのは両親の過干渉であることも本書は克明に描く。特に母親の、自身の狭い価値観の中に娘を閉じ込めようとしている様子が言葉の端々から感じられる描写はリアルすぎて怖いほど。これまでも地方に住む女性特有の感覚や母と娘の関係について描いてきた辻村ならではと感じた。
またこの「いい人」は、本書タイトルの「傲慢と善良」の“善良”と同義でもある。「傲慢と善良」は、本書の中で現代の婚活がうまくいかない理由として結婚相談所の女性・小野里が挙げる言葉として登場する。つまり自分の意見を持っていないことが、婚活がうまくいかない理由のひとつであると小野里は指摘するのだ。会っても会話が盛り上がらない、お店も決めてくれない、結婚したいのかわからない。誠実でも受け身すぎる人は婚活が進展しないというのはよく聞く話だし、確かに頷ける。
もうひとつの「傲慢」は高い自己愛を指す。婚活で出会った相手の感想としてよく使われる「ピンとこない」という言葉。この言葉は自分の価値と相手の価値を無意識の内に比べて「自分の価値はこんなに低くない」と感じたときに生まれる。つまりは傲慢さからくるものだと小野里は分析する。それを聞いた架は衝撃を受けるが、読んでいた私も同じく衝撃を受けた。婚活、恋愛だけでなく誰かと出会ったとき、または就活のとき。「ピンとこない」と思った場面を振り返って、謙虚だと思っていた自分が実は自己愛が高い、知らずしらず自分が“判断する側”だと思っている人間だった。そんな自分の知らなかった自分に出会わされた気がした。
これだけためらわずに人間の内面を抉り出す本書だが、ラストにはどんな人生も肯定する温かさがある。そこもまた多くの人に「人生で一番刺さった小説」と称賛される理由だと思う。
文=原智香
朝日文庫『傲慢と善良』公式サイト
https://publications.asahi.com/feature/gouman/
映画『傲慢と善良』
原作:辻村深月『傲慢と善良』(朝日新聞出版)
出演:藤ヶ谷太輔、奈緒
監督:萩原健太郎 脚本:清水友佳子
音楽:加藤久貴 主題歌:なとり「糸電話」(Sony Music Records)
製作幹事:エイベックス・ピクチャーズ
制作プロダクション:C&Iエンタテインメント
配給・宣伝:アスミック・エース
2024年9月27日(金)全国公開映画『傲慢と善良』公式サイト:https://gomantozenryo.asmik-ace.co.jp/