このマンションに住んだ子どもはおかしくなる。危険な遊びが流行中?/近畿地方のある場所について⑤

文芸・カルチャー

公開日:2024/8/27

近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)第5回【全19回】

「情報をお持ちの方はご連絡ください。」Web小説サイトカクヨムで連載され話題を集めたホラー小説『近畿地方のある場所について』より、恐怖の始まりとなる冒頭5つのお話をお届けします。オカルト雑誌で編集者をしていた友人の小沢が消息を絶った。失踪前、彼が集めていたのは近畿地方の“ある場所”に関連する怪談や逸話。それらを読み解くうちに、恐ろしい事実が判明する――。あまりにもリアルでゾッとするモキュメンタリー(フィクションドキュメンタリー)ホラーをお楽しみください。

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近畿地方のある場所について
『近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)

某月刊誌 1993年8月号掲載 短編「まっしろさん」

 そのマンションに住む子どもはおかしくなるという。

 そのマンションは6年ほど前、ニュータウンブームのさなかに●●●●●の山の片側を削り、土地を造成して建設された。

 都市部からは離れつつも、車であれば十分通勤が可能な距離にあるロケーションも手伝い、完成当初から満室になるほどの人気ぶりだったそうだ。

 1000戸を超える多棟型のマンションの敷地内には公園などもあり、ひとつの小さな街のような様相を呈していた。地元民が今も住む古い家屋が残る街のそばに、新築のマンション群が生える光景は異様なコントラストを生んでいたという。

 住民は都会を離れて子育てをするために移住してきたファミリー層がほとんどで、日中の公園には母親たちが幼い子どもを連れて集まり、隣近所を訪ねてお茶をしたりと入居早々にあちこちで母親同士のコミュニティが形成された。

 Aさん一家もマンションの完成と同時に住み始めた住人だった。

 Aさん一家は専業主婦のAさんと会社員の夫、10歳になる娘のBちゃん、以前から飼っている猫の三人と一匹暮らしだった。Aさんは夫とBちゃんを朝送り出すと、日中は家事の傍ら、ご近所付き合いという名の母親同士の井戸端会議に参加することが多かった。

 そのことに気づいたのは引っ越して数か月ほど経ってからだった。

 Bちゃんの様子がおかしくなった。

 以前も年相応のわがままを言うことはあったが、そのマンションに引っ越してからは少し様子が違っていた。飼っている猫のしっぽをわざとふみつけたり、スーパーで生鮮食品売り場のトマトを握りつぶしたりとBちゃんの年齢では不自然な行動が目立つようになった。その場で叱ると一応言うことは聞くのだが、しばらく経つとまた同じようないたずらをする状況にAさんは頭を悩ませていた。

 夫と相談し、環境の変化がストレスになっているのではないかとしばらく様子を見ることにした。ある日、仲が良い母親たちとの立ち話でそのことについてAさんは軽く愚痴をこぼした。すると、同じくらいの年齢の子どもを持つ母親たちが口々に同じようなことを言い始めたのである。

 蝶々を捕まえては羽をむしって砂に埋める、上階から植木鉢を落とす、通りすがりに赤ん坊の乗ったベビーカーを蹴るなど、引っ越す以前はしなかった悪質ないたずらが増えたのだという。

 Aさんもつい先日、マンションの敷地で恐らく小学生くらいの子どもたち数人が花壇の花を引き抜いて投げ捨てているのを目にし、注意したことを思い出した。

 Aさんたちは、子どもたちが引っ越し後に通い始めた小学校が原因ではないかと考えた。というのも、そのマンションに住む子どもたちは必然的に皆、同じ小学校に通っており、多くの時間をそこで過ごすからだ。

 その小学校は地元の子どもたちが通う学校として古くからあったが、マンション建設に合わせて校舎を建て直し、教職員も増員して引っ越してきた子どもたちを受け入れた。結果として、その学校に通学する生徒は「地元の子」と「マンションの子」が混在することになった。

 Aさんたちは学校の参観日に合わせて、教師に学校で最近悪いいたずらが流行っていないかを尋ねた。教師は、特にそういうことはないと話したあとしばらく考えてから、実はマンションの子どもだけでしている秘密の遊びがあるようだと言った。

 その遊びは地元の子どもが参加してはいけないらしく、仲間外れになった地元の子どもが泣きながら教師に相談することもあり、教師の間でも少し問題になっているそうなのだ。

 Aさんはその日、帰宅したBちゃんにその遊びについて聞いてみた。最初は渋っていたBちゃんだったが、誰にも言わないという約束で内容を話し始めた。

 その遊びは「まっしろさん」という。

 誰が始めたのかはわからない。ただ、マンションの子はみんなやっている。「まっしろさん」には大人や地元の子は参加してはいけない。マンションの子だけの秘密だからだ。

「まっしろさん」は鬼ごっこに少しだけ似ている。人数は四人か六人ぐらいで始めるが、特に決まりはない。

 まず男女に分かれる。男の子はじゃんけんをし、負けた子が「まっしろさん」となる。男の子がじゃんけんをしている間に女の子たちは走って逃げる。「まっしろさん」になった男の子は女の子のうちの一人を追いかけて捕まえる。「まっしろさん」以外の男の子はその手助けをする。女の子のいる場所を知らせたり、逃げることを邪魔したりする。ただし、「まっしろさん」以外は女の子に触ってはいけない。

「まっしろさん」が女の子を捕まえることに成功すると、「まっしろさん」は女の子に「身代わり」を要求をする。

 内容は、あるときは消しゴムだったり、あるときは靴下だったりとそのときによって異なる。その「身代わり」を女の子は「まっしろさん」に渡さなければならない。渡さないことは許されない。怖いことが起きるからだ。

 捕まった女の子が「身代わり」を渡して初めて「まっしろさん」は終わる。何時間かかろうが何日かかろうが「身代わり」を持ってくるまで「まっしろさん」は終わらない。その間捕まった女の子は口をきいてもらえない。

 その遊びの内容を聞いたとき、Aさんは不気味に感じた。子どもの遊びではなく、それ以外の何かという印象を持った。

 その晩、家族が寝静まった家でAさんは玄関のドアが閉まる音を聞いた。Aさんと夫は同じ部屋で寝ているので、物音の主は引っ越してから子ども部屋で一人で寝るようになったBちゃんになる。

 寝室から出ると、玄関でBちゃんが靴を脱いでいるところだった。たった今帰ってきたようである。

 深夜に一人で外出していた理由を強く問いただすと、「身代わりを渡しに行った」のだという。誰に会っていたのかを聞いても「まっしろさん」としか答えない。続いて、何を渡しに行ったのか聞くと一言、「ミケ」と飼い猫の名前をつぶやいた。

 リビングには小さな血だまりがあり、そばに転がっていた花瓶には血に濡れた毛がこびりついていた。

 Aさん一家はほどなくして引っ越しを決めた。

<第6回に続く>

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