吉本ばななが60年かけてたどり着いた「幸せの見つけ方」って?疲れた心に沁みるエッセイ『幸せへのセンサー』

文芸・カルチャー

更新日:2024/9/3

近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)第9回【全19回】

「情報をお持ちの方はご連絡ください。」Web小説サイトカクヨムで連載され話題を集めたホラー小説『近畿地方のある場所について』より、恐怖の始まりとなる冒頭5つのお話をお届けします。オカルト雑誌で編集者をしていた友人の小沢が消息を絶った。失踪前、彼が集めていたのは近畿地方の“ある場所”に関連する怪談や逸話。それらを読み解くうちに、恐ろしい事実が判明する――。あまりにもリアルでゾッとするモキュメンタリー(フィクションドキュメンタリー)ホラーをお楽しみください。

「多様性を尊重しよう」と叫ばれるようになって久しい。「幸せは人それぞれなんだから、他人と比べるものじゃない」とはいうものの、「頭では分かっていても、どうしても他人と比べて落ち込んだり、嫉妬したりしてしまう」「自己肯定感を高めるのが大事と言われても、どうすればいいか分からない」というケースも多いのではないだろうか。吉本ばななさんの『幸せへのセンサー』(幻冬舎)は、「多様性」とか「自己肯定感」とか、もう表面的な言葉でごまかされたくない、本当に幸せになるためにはどうしたらいいのか知りたい人におすすめしたいエッセイだ。

 本書で吉本さんが教えてくれる、幸せになるための方法は大きく分けて3つある。まず大切なのは、そもそも自分にとっての「幸せ」とは何かを自分の直感に従って明らかにすることだ。

 社会が「これが幸せ」と煽ってくるものに対して〈もっと違う自分だけにとっての幸せがあるんじゃないか〉と精査してみる。理屈じゃなく、本能的に「好き」「嫌い」と感じたことを大切にする。ほんの些細なことでいいから、自分にとって快適な状況、気分のいい時間を一つ一つ見つけて、積み上げていく。休憩時間にコーヒーを飲んだら気分がいいとか、そういう小さなことの積み重ねで、個人の幸せは始まるのだ。

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 2つ目は「何もしない」を大切にすること。本書で吉本さんは、幸せになりたいならあれをしなさい、これをしなさいとは一切言わない。むしろ、「何もしないでみる」ことの大切さを教えてくれる。若い頃から多忙なスケジュールをこなしてきた吉本さん自身だからこそたどり着いた境地のようだ。1987年、小説『キッチン』でデビューし、大学卒業後すぐに売れっ子作家となって以降、作家としての活動と家庭の両立、両親の介護など〈ずっと殺人的スケジュール〉で生きてきた吉本さん。今年還暦を迎えるにあたり〈これからの人生は、もとの自分、本来あるべきだった自分を取り戻していかないとやばいと思った〉そうで、今は〈何もしない訓練をしています〉という境地に至ったとのこと。

 とはいえ、人間、何もしないと焦ってしまうもの。そんな時も吉本さんは〈今、生きてるし、心臓も止まっていないということはあなたの体はこれまで実によくやってきた〉と優しい言葉をくれる。何もしていなくても、無為の時間などない。体は常に動き続けているのだから。そう考えるだけで、少し体がラクになったような気がしてくる。

 3つ目は、自分を受け入れることの大切さ。これは「自己肯定感」とは別物だと吉本さんは言う。

 自分を受け入れるとは、自分が思う「良いところ・ダメなところ」を、他人からの評価とは別に持っておくことなのだそうだ。

 たとえば、SNSの使い方一つとってもそう。何でもかんでもSNSにアップして他人の評価(いいね)を待つのではなく、自分しか知らない大切な思い出を、自分の中だけに持っておくことが、心を豊かにしていくのだと吉本さんは提案する。

 社会生活を送っていると、時には仮面を被り、自分を押し殺して周りに合わせなければいけないこともある。大切なのはどんな状況下でも「自分は本当はこう思っている」ということを自分だけはちゃんと分かってあげること。吉本さんの優しくあたたかな言葉に背中を押されながら、まずは自分の直感を信じることから始めてみよう。

文=林亮子

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