おかしな男に追われている。女性専用マンションの隣室から男が顔を出し…/近畿地方のある場所について⑦
公開日:2024/8/29
『近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)第7回【全19回】
「情報をお持ちの方はご連絡ください。」Web小説サイトカクヨムで連載され話題を集めたホラー小説『近畿地方のある場所について』より、恐怖の始まりとなる冒頭5つのお話をお届けします。オカルト雑誌で編集者をしていた友人の小沢が消息を絶った。失踪前、彼が集めていたのは近畿地方の“ある場所”に関連する怪談や逸話。それらを読み解くうちに、恐ろしい事実が判明する――。あまりにもリアルでゾッとするモキュメンタリー(フィクションドキュメンタリー)ホラーをお楽しみください。
読者からの手紙 1
月刊〇〇〇〇編集部御中
急なお手紙ですみません。
私、鳥取に住む大学生の×××と申します。
実は助けていただきたくてご連絡しました。
おかしな男に追われているんです。
前に、●●●●●について書かれた記事を読みましたので、そちらなら何かご存じじゃないかと思いまして、こうして手紙を書いています。
ちょっと長くなりますが、最後まで読んでいただき、どうすればいいか教えてください。
今年の8月頃だったと思います。
大学の夏休みに私と私の彼氏、共通の男友達の三人でドライブに行きました。どうせなら目的地を心霊スポットにしようってことで、●●●●●のほうに行くことにしました。雑誌でもたまに紹介されてますから。
でも、夜に行くのはさすがに怖かったので昼間に行きました。
あの辺り、幽霊団地(マンション?)とか幽霊屋敷とかいっぱいあると思うんですが、昼間はそれなりに人もいて全然怖くありませんでした。
自殺で有名な5号棟に行ったり、幽霊屋敷を外からのぞいてお札探したりしたんですけど特に何も起きませんでした。
山を越えた向こうの●●●●●にも、有名な自殺スポットのダムがあるからそこに行こうって話になって、車で移動することになりました。
そのときは、車はちょっとした山道を走っていました。彼氏が運転していて私は助手席に座っていました。
対向車がきたんです。二車線の道でしたが道幅も広くなかったのですれ違うときにスピードを落としました。
私はなんとなく対向車を見てたんですが、運転してる男の人がこっちに向かって何か言ってるみたいでした。当然声は聞こえないので何を言ってるのかはわかりませんでしたが、運転してる彼氏ではなくて私を見ていたのが気になりました。
結局そのあと、ダムに着いた頃には暗くなってしまっていたので、降りて散策するのは怖くなってしまいました。
なので、そばの国道を走ってダムを見ながら帰りました。
鳥取に着いた頃にはもう深夜でした。
それからなんです。
次の日、別の友達と大学の近くのお店で飲み会をしました。
そのお店は飲食店がたくさん集まってる通りにあって、夜は大学生や仕事帰りのサラリーマンで通りに人がかなり多くなります。
夜の9時ぐらいに一旦場所を変えようってことになって、店の前でみんなで「次どうする?」って相談をしていました。
私もその輪の中で、友達と話してたんですが、友達が「あれ、誰?」って言ったんです。
友達が指さしたのは私たちがいるところからちょっと離れたお店とお店の間のすごく細い路地でした。
その路地から顔だけ出して、こちらのほうに向かって何か言ってる人がいました。
あの男だったんです。
私怖くて。そのあとすぐに友達が見に行ってくれたんですが、誰もいませんでした。
友達から「似ている人を勘違いしただけだよ」って言われて、私もそう思うようにしました。
それから多分1か月後ぐらいだったと思います。
また、あの男を見ました。
夕方ぐらいに大学が終わって、一人暮らしのマンションに帰ってきたときでした。
鍵を開けて家に入ろうとしたとき、隣の部屋のドアが開いた音がしたんです。
隣の人はこれから出かけるのかな? と思って挨拶しようとしたら、男の顔がぬっと出てきて、顔だけこちらに向けました。
またあの男でした。
私に何か言おうとしてたみたいですが、怖くてすぐにドアを閉めて鍵をかけました。
その日は友達に泊まりに来てもらいました。
私の家は女性専用マンションなんです。お隣さんは私が入居したときから一人暮らしの女性でした。
もちろん警察にも通報しましたが、その時間お隣は友達と家にいたらしく、私の勘違いだということになりました。
それから数日後のことでした。
その日は大学の講義の合間にお手洗いに行ったんです。
休み時間はトイレが混むのですが、研究棟のトイレが空いてるので私はよくそこに行っていました。そのときも個室はひとつも埋まっていませんでした。
3つあるうちの一番奥の個室に入りました。
用を足して出ると、隣の個室が閉まっていたんです。
誰か入ってくるような音も聞いてないですし、すごく嫌な予感がしました。
急いで通り過ぎようと足を踏み出したとき、目の前で個室のドアがゆっくり開いて男の顔がぬっと出てきました。私を見つめた男の顔がニヤーッと笑顔になりました。
「またきてくださいねえ」
私がその個室の前を走り抜けるとき、そう言っていたような気がします。
悲鳴をあげていたので自信はありませんが。
それ以降、男を実際に見ることはなくなりました。
でも、夢に出てくるようになりました。
その夢のなかで、私は夜の山道を登っています。
背の高い木がたくさんしげっていて、月の明かりもほとんど届きません。
私は、山道に敷かれた古い階段を上り続けています。
階段の両脇には石灯篭がぽつぽつと立っていますが、たいてい倒れています。
階段の終わりには傾いた鳥居が立っています。
男はその鳥居の下で私を待っています。
笑顔のまま、大きな口を開けて。
怖いのは、夢のなかで私が怖いと思っていないことです。
夢からさめたあとも心地よい気分になってしまいます。
私は呪われてしまったのでしょうか。
あの男はいったいなんなのでしょうか。
助けてください。
※末尾に編集部によるものと思われる手書き
「2004年10月5日編集部宛着、送り主の連絡先不明のため、取材不可能。掲載保留」