怖い話に頻出する「ある地域」。心霊現象に県境は関係ない?/近畿地方のある場所について⑧

文芸・カルチャー

公開日:2024/8/30

近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)第8回【全19回】

「情報をお持ちの方はご連絡ください。」Web小説サイトカクヨムで連載され話題を集めたホラー小説『近畿地方のある場所について』より、恐怖の始まりとなる冒頭5つのお話をお届けします。オカルト雑誌で編集者をしていた友人の小沢が消息を絶った。失踪前、彼が集めていたのは近畿地方の“ある場所”に関連する怪談や逸話。それらを読み解くうちに、恐ろしい事実が判明する――。あまりにもリアルでゾッとするモキュメンタリー(フィクションドキュメンタリー)ホラーをお楽しみください。

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近畿地方のある場所について
『近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)

『近畿地方のある場所について』2

 小沢くんとの会合を終えてひと月後、彼からメールが送られてきました。

「別冊〇〇〇〇の件なんですけど、ちょっとご相談したいのですが、近々打ち合わせできませんか? 今度はお仕事の話です」

 数日後、近くで偶然別の打ち合わせを入れていたこともあり、私たちは彼の会社のある神保町のカフェで会うことになりました。

 店の前で落ち合い、彼はカフェラテ、私はブラックコーヒーをオーダーすると、彼はおもむろにいくつかの記事のプリントアウトを机に広げました。

 私が読んでいる間、彼は待ちきれない様子で私のほうを何度もうかがっていました。

「実は、今回の別冊に寄稿していただきたいなと思って。ただ、その前に経緯をお話ししますね」

 私が読み終わるのとほぼ同時に話し始めたのでした。

 彼は前回の会合のあとも会社の書庫にこもっては過去資料を漁っていたそうです。

 しかし、膨大なバックナンバーの棚は整理されておらず、発売年月日順に並んでいないのはもちろん、抜けている号もあり、そこに段ボールに無造作に詰められた取材資料や読者からの手紙も加わって混沌とした状態だったようです。

 初めは年代順にさかのぼって読み解こうと試みていましたが、途中からあきらめて、手に取った順に読んでいくことにしたそうです。どうせ全て読むのであれば発売年月日順に読まずとも、気になった記事だけメモしておき、あとで並べ替えればいいと考えたようです。

 そんななかで彼はある発見をしたのだそうです。

 現在、日本には大小含めて500以上の心霊スポットがあるといいますが、雑誌などのメディアで取り上げられるほど知名度の高いものは、実は限られています。

 有名なところでは多摩霊園や生駒トンネルなどです。もちろん北海道や沖縄にも有名な心霊スポットはありますが、作り手側から見ると旅費を含め取材に費用がかかる場所は避けたい実情があり、必然的に取り上げられるのは大阪や東京、福岡など編集部と付き合いのある主要都市の外部ライターが遠出をせずに行ける場所になってくるのが実情です。

 また、心霊スポットにまつわる怪談の多さも、そこに訪れる人の多さに比例します。面白半分に肝試しできる立地にあるスポットが有名になってくるのです。

 そんな事情もあってか、そこまで怪談に詳しくない彼でもバックナンバーを10冊も読めば頻出する心霊スポットがつかめてきたそうです。

「初めは、また載ってるなと思うぐらいでした。自分が小さい頃親に連れられてあの辺りのキャンプ場に遊びにいったこともあったので、そういう意味では少し気に留めていたかもしれませんが」

 彼が口にしたのは、近畿地方の山に囲まれた一帯にある、トンネル、ダム、廃墟の心霊スポットでした。その筋ではかなり有名なスポットなので私も知ってはいました。

 3kmほどの距離に心霊スポットが3件もあることから、かつてのオカルトブームのおりには肝試しとして一晩で巡ってしまうような企画もたびたびあり、若干懐かしさを覚えたほどです。

 ただ、そのどれもがいわゆる心霊スポットにありがちなものばかりで、トンネルの中で何かをすると生首が現れるといったものや、自殺の名所で知られるダムでは自殺者の霊が佇んでいるといったもの、廃墟では地下室に女性の霊が現れるといった、ありきたりなエピソードばかりだったと記憶していました。近年では、肝試しでは定番の心霊スポットとして不動の地位は確立しつつも、あえてメディアでは取り上げられることもない、旬の過ぎた心霊スポット群という印象でした。

 世代は違えど彼もまた同じ印象を持っていたらしく、他の有名な心霊スポットでの体験談と似たり寄ったりなエピソードの繰り返しに若干辟易しながら読んでいたそうです。

「ただ、いくつかの話を読むうちにもしかして、この三つの心霊スポットは同じ要因が話の発端になってるんじゃないかと思って」

 そこで彼は私の手にあるプリントアウトをさしました。

「『実録! 奈良県行方不明少女に新事実か?』、『林間学校集団ヒステリー事件の真相』、『おかしな書き込み』、この三つの話は全て年代の違う記事です。ただ、散々他の記事で地名を見てきたので話の中に出てくる場所には全部見覚えがありました。そうです。さっきお話しした●●●●●の辺りです。でもこの三つの話は全部、心霊スポットを主題にして書かれたエピソードではないんですよね。話の舞台がたまたま●●●●●だったような印象です。『林間学校集団ヒステリー事件の真相』にいたっては当時、その場所は廃墟でもありませんし、心霊スポットと呼ばれていたのかも微妙なところです。それなのに全てに●●●●●という地名が出てきていて、話の中に『山』というキーワードが出てくる。これって、なんだか不思議じゃないですか?」

 その一帯の3件の心霊スポットを舞台にしたその他の話が、全ててんでばらばらのありきたりなエピソードだったこともあり、この奇妙な符号は彼の中で強く印象に残ったそうです。

「一度気になるとどうしようもなくて、一旦バックナンバーを読むのを中断してネットでも検索してみました。まずは、『おかしな書き込み』に出てくる鳥居が本当にあるかwebのマップで調べました。ストリートビューで見ると確かにボロボロの鳥居と頂上へ続く階段がダム湖の東側に確認できました。このことから僕は共通して出てくる『山』はダム、廃墟、トンネルの一帯を囲む山々のうちの東側の山だと思いました。あと、ネット上にも同じような●●●●●の山にまつわる話がないか調べてみました。その結果がこれです」

 そう言って彼は、いくつかのネットの記事や書き込みをプリントアウトしたものをさらに渡してきました。「●●●●●」と「山」、「怪談」「心霊」「事件」などのワードを組み合わせた検索でヒットしたというその内容に私はとても驚かされました。

「実際のYouTuberの放送事故から怪談とは関係のない不審者情報、殺人の疑いのある事件まで出てきたんです。しかも全部『山』が関係しています」

 ここまでくるとさすがに偶然の一致とは私も思えず、しばし呆然としていると彼がさらに2種類の紙を渡してきます。ひとつは封筒に入った便箋、もうひとつはバックナンバーのプリントアウトでした。私が読み終わるのを待って彼は続けます。

「バックナンバーを漁るのと並行して取材資料にもちょっとずつ手をつけてたんです。最初に読んだときは軽く読み流してたんですが、●●●●●と山の関連性に気づいたタイミングでもう一度読み返したんです。この手紙にも直接的ではないですが山が出てきますよね。ここで気になったのが、この手紙を書いている女性、もとは山の向こうにあるいくつかの心霊スポットから山を越えてダムのほうに来ているんですよね。山を中心に考えると、3件の心霊スポットのある一帯は西側にあたります。山は南北に連なっているので、南と北は除外して山の向こう側、つまりは東側にも女性が行った心霊スポットがあることになります。見方を変えるとダム、廃墟、トンネル以外にも山を中心にして心霊スポットが点在しているんじゃないでしょうか。現に、先にお見せした不審者情報の書き込みのうち二つは山の東側のものですし、今お見せした『まっしろさん』も東側にある今は幽霊マンションと呼ばれている場所です」

 話しながら彼が見せたwebマップには山を中心に心霊スポットにピンが落ちており、それをなぞるように彼の指は円を描いていました。

 彼の言う通り、山の東側の地域にもいくつか心霊スポットと呼ばれるものがあることを私は知っていました。

 いずれも山のふもと寄りにある、先ほど彼が言った幽霊マンション、お化け屋敷と地元で呼ばれている廃墟です。ただ、そのどれもが西側の3件と比べると知名度はかなり低く、ありし日の月刊〇〇〇〇のようなマニアックな雑誌で取り上げられることがまれにあるぐらいでした。

 また、山を県境として東と西で県が異なることから、西の3件と東の2件を同じ心霊スポット群として見ることは誰もしていませんでした。しかし、彼の説明を聞くとどうやらこの5件は山を中心とした一帯を形成しているようです。

 私の説明を一通り聞くと彼は納得したように言いました。

「幽霊やお化けに人間が決める県のような区切りは関係がないってことなんですかね……。ただ、今のご説明を聞いて決意を新たにしました。今回の別冊の目玉特集はこの一帯の心霊スポットの発端が山にあるんじゃないかということに焦点を当てて、それに関連した話をバックナンバーと取材資料から集めてみることにします。今まで誰も与えられなかった気づきを読者に提供できるのは駆け出し編集者としてうれしいことですしね」

 その考えを聞いて私は、彼の仕事への熱意に感心すると同時に、危うさも感じていました。

「ここでやっと本題なんですが、お願いしたい寄稿というのはこの一帯にまつわる話です。形式はなんでもいいです。文字数も問いません。その代わり、僕が引き続き集める資料を一緒に考察していただいたり、今までご自身で手がけられた話で類似のものがないか、何かご存じなお知り合いがいないか調査していただきたいんです。その上で新たにわかったことを書き下ろしていただければと思います」

 提示されたギャランティは到底その労力に見合うものではない金額でしたが、彼の熱意と何よりホラー愛好家としての私の興味から、正式に発注を受けることにしたのでした。

「僕は引き続き、書庫を漁ってみます。ただ、今のところ東側は西側に比べて掲載数自体がかなり少ない印象なので、東側の地域を取り上げたものは掲載内容問わず全て集めてみます。現状唯一ある東側の地域を扱った話の『まっしろさん』は山とは関係がないものですし……。なんとか他の話も見つけてつながりが考察できればいいのですが。あとは、あの一帯の山にまつわる話だったり、山の神社の話に関しても注意して見てみることにします」

 こうして●●●●●に関しての調査を始めることになった私は、まずある人に連絡をすることにしました―

某月刊誌 2009年8月号掲載 読者投稿欄

私の地元では八尺様じゃなくてジャンプ女が出没します!

口が裂けるぐらい笑顔の女が、すごい高さまでジャンプして家の2階の窓とかマンションのベランダの窓から中をのぞき込むんです。

のぞかれるのは子どものいる家だけで、私の同級生ものぞかれたそうです。

編集部の調査隊の皆さんぜひ調べてください!

(●●●●●、14歳、マーちゃん)

<第9回に続く>

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