遺体の洗浄や部屋の掃除も⁉︎ 日本とは異なる台湾の葬儀屋の仕事、そして故人を送る慣習を描いたヒューマンドラマコミック『葬送のコンチェルト』
PR 更新日:2024/9/10
突然父親が死に、その葬儀をした時、現実を認めたくなかった私は「あの世なんて信じていないのに、この時間に何の意味があるのだろうか」と逃げ出したくてたまらなかった。だが、あの時はその必要性が分からなかったが、何年も経った今思うのは、葬儀という時間は故人を送るためのものであるのと同時に、残された私たちのためのものだったのだということ。亡き人に感謝を伝え、前に進むきっかけにする。そんな時間はあの世やら魂を信じていようがいまいが、かけがえのないものだ。
『葬送のコンチェルト』(韋蘺若明:著、串山大:訳/KADOKAWA)はそんな葬儀の現場、葬儀会社で働く人々を描き出す人間ドラマコミックだ。だが舞台は日本ではなく台湾。国が変われば、葬儀会社が担う仕事は少し異なる。全く知らない世界が気になりどんどんページをめくらされてしまった。
主人公は音楽の夢を追うために台湾の名門大学を休学している女子大学生・林初生(リンチュション)。手っ取り早く仕事を見つけようと「幸福葬儀社」という小さな葬儀社に飛び込んだ彼女は、葬儀師の仕事を単なる遺族の接待業だと思っていた。しかし、社長・仰清(ヤンチン)が、採用したばかりの初生を連れて赴いたのは、練炭自殺した男の部屋。無数のハエがたかる腐敗した遺体を目の当たりにした初生は思わず嘔吐してしまう。日本ではそういう部屋の掃除は特殊清掃業者の仕事だが、台湾では葬儀会社がそれを担うらしい。さらに掃除の後は、遺体清掃も体験。遺体には大きな布をかけ、その下に手を入れて洗い、故人の尊厳を守りながら作業は進められていく。初生は遺体に浮かび上がる無数の痣やその皮膚の脆さに驚きながら、どうにかその身体を拭いていく。初日からかなり刺激の強い仕事ばかりをこなすのだ。
初生が葬儀師の仕事の一つ一つに驚くのと同じように、私たちも驚かずにはいられない。特に日本とは異なる台湾の慣習はとても興味深い。誰も涙を見せない葬儀には、遺族に代わって悲しみを表現する“泣き女”「孝女白琴」が呼ばれ、入水自殺で遺体が見つからない時には、故人の衣服を遺体の代わりとして葬儀を行う「衣冠葬」や、スイカに目鼻を描いて水中に投じることで魂が招かれ遺体が見つかるとされる民間伝承「西瓜招魂」が執り行われる。法師の先導によって、法器や扇を持つ老年、中年、青年の段階を表す3人の演者たちが歌や踊りを披露する「牽亡歌陣」も葬式で行われる儀式とは思えない賑やかさだ。国が違うだけ、宗教が違うだけでこうもやることが異なるのかと圧倒させられる。
だが、読めば読むほど感じるのは、大切な人を思う気持ちは国が違っても少しも変わらないということ。最愛の人が死んで残された者たちが悼んでいる中、故人のため、遺族のために何ができるのか。葬儀師の仕事は、それを考え抜き、実現させていくことなのだろう。感情で突っ走りがちな初生は、何かとトラブルを巻き起こし、社長からは「この仕事に向いていない」と言われる。だが、本当にそうだろうか。初生のように故人や遺族に真摯に寄り添う葬儀師と出会いたい。次第に成長していく彼女の姿を目の当たりにすれば誰だってそう思わされてしまうだろう。
人の死に触れる仕事・葬儀師。故人だけではなく、遺族の悲しみを和らげてくれるその仕事の大変さと尊さを、この作品は教えてくれる。読後に胸に広がるのは、静かな感動だ。国が違うというのは全く関係ない。台湾で話題の人間ドラマコミックは、国境を越えて、きっとあなたの胸に響くはずだ。
文=アサトーミナミ
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