有名な寺に除霊を頼むも「祓えない」。男の子がずっとこちらを見ている/近畿地方のある場所について⑯

文芸・カルチャー

更新日:2024/9/24

近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)第16回【全19回】

「情報をお持ちの方はご連絡ください。」Web小説サイトカクヨムで連載され話題を集めたホラー小説『近畿地方のある場所について』より、恐怖の始まりとなる冒頭5つのお話をお届けします。オカルト雑誌で編集者をしていた友人の小沢が消息を絶った。失踪前、彼が集めていたのは近畿地方の“ある場所”に関連する怪談や逸話。それらを読み解くうちに、恐ろしい事実が判明する――。あまりにもリアルでゾッとするモキュメンタリー(フィクションドキュメンタリー)ホラーをお楽しみください。

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近畿地方のある場所について
『近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)

インタビューのテープ起こし 2

 あっ、はい。僕もアイスコーヒーで大丈夫です。

 Fさんとはもうだいぶ前から会ってなかったので、最近この件で連絡をもらって驚きました。はい。まだライターのお仕事されてるみたいです。

 これって月刊〇〇〇〇の取材なんですよね? あ、今は月刊じゃないんですね。

 今日はあの編集の方はいらっしゃらないんですか? えっと、もう10年以上前なんで名前を忘れてしまって……あ、そうそうKさんですね。

 え? Kさん、会社辞められたんですか? そうなんですね……。

 それにしても、どうしてあんなに前の話の追加取材なんてされてるんですか? 私が取材を受けた卒業研究の話も掲載はされなかったと聞いていますが。

 あっいえいえ、怒ってるわけじゃないです。あのときはKさんにお祓いできる方をご紹介いただいて本当に助かりましたから。

 おかげさまで、10年以上経った今も僕はこうして元気に暮らしてますし。来年には子どもも生まれるんですよ。

 でも、うーん……初対面でこんな話するのは良くないんだろうけど、実は僕、Fさんのお願いじゃなかったら、この取材はお断りしてたと思います。

 今でも憶えてるんですが、Kさんにちょっと失礼な態度を取られたっていうか……。いえいえ、あなたは無関係ですから謝らないでください。Kさんもお仕事柄ああいう感じになったんだろうなっていうのは僕もわかるので。

 僕もあのときは必死だったんです。怖い思いもしましたし。だからKさんがお祓いのできる方を紹介できるって言ってくれて、救われた気分でした。でも、当然ですけどKさんからしたら、僕はたくさんの取材対象のなかの一人だったみたいで。

 その話は本当なのか、注目されたくて嘘を吐いてるんじゃないかとか、このままだと面白い話にならないから、この部分をこういう風に誇張して書いていいかとか色々言われました。なんだか自分の身に起こった怖いことがエンターテインメントとして捉えられているみたいで、当時はあまりいい気持ちはしなかったんです。

 考えてみれば当然のことですけど、怖い話って、それが本当であれば、体験者にとっては不幸以外のなにものでもないんですよね。作り手側にいる人は、だんだん麻痺してしまう部分もあるのかな。

 僕も当事者になって以降は、ホラー関連のコンテンツからはめっきり遠ざかってしまいましたね。

 あっ、もちろん作り手側の人全員がそうだって言いたいわけじゃないですよ。現にあなたはこうやって僕の話に真剣に耳を傾けてくれてるわけですし。今の話は忘れていただいてけっこうですから。

 そうそう。あの取材のあとの話ですね。

 はい。Kさんから取材を受ける代わりに、霊能力者っていうんですか? まあそういった方をご紹介いただきました。

 僕はそういうのあまり詳しくないんですが、多摩のほうにある、その筋ではけっこう有名なお寺らしいですね。

 僕が訪ねると、お坊さんが「ああ……」ってあきらめたみたいにつぶやいたのを憶えてます。

 僕は必死でこれまでの経緯を説明しました。卒業研究をきっかけに変な女が僕の部屋に入ってきてしまったこと。これから就職のために引っ越しをするので、その女が次の家まで絶対についてこないようにしてほしいこととかです。

 でも、そのお坊さんが言うには、その女は見えないそうなんです。少なくとももう僕には憑いていないだろうと。

 ただ、恐らくその女がもっと厄介なものを呼び寄せてしまった。このままだと命の危険もあるって言うんですね。

 僕はすぐに除霊してくださいって頼んだんですが、どうもそんな簡単なものじゃないらしいんです。

 普通の霊だと、お祓いでおさまったりするそうなんですが、僕に憑いてるのは霊のなかでもひとつ上の次元なんだそうです。神道的な表現をするなら神に近い存在。

 こういう類いのものは、人間の道理でどうこうできないらしくて、お祓いなんて全く効かないって言われました。もう私にはどうにもできないって。

 そんなこと言われて、情けない話ですが僕は泣きながら、助けを求めました。

 このままそれに殺されるのを待つしかないんですか? って。

 お坊さんもすごく困った顔をしてましたが、僕があまりにも必死でお願いするもんですから、ずいぶん長い間考えたあと、僕に言いました。

「生き物を飼いなさい。でもそれがよい方法なのかは私にはわからない。そのあとどうしていくかはあなたが決めなさい」

 藁にもすがる思いで、僕は帰り道にペットショップへ行きました。

 今までペットなんて飼ったことなかったので、初心者にオススメのペットを店員さんに相談して、メダカに決めたんです。

 そのとき、店員さんに一緒に小さなエビも勧められました。ご存じですか? ミナミヌマエビっていう種類のエビなんですけど、メダカと一緒に飼うと食べ残しを食べて水質を浄化してくれるから、共生相手としていいらしいんです。

 結局僕は、メダカとその小さなエビを数匹ずつ、あとは小さな水槽やら砂利やらを買って帰りました。

 それから数日後、学生マンションから単身者用の安アパートに引っ越しを済ませて、新社会人として働き始めました。もちろん、メダカたちも一緒に。

 はい。何も起こりませんでした。お坊さんの言いつけを守ったから、メダカたちが悪いものから僕を守ってくれたんだと思っていました。

 多分、働き始めて1か月ぐらい経った頃だったと思います。

 変なものが見えるようになりました。男の子のようなものです。

 街の中とか歩いてると、遠くにボーッと立ってるんです。でも、あれは生きている人間じゃないなってわかりました。半袖半ズボンの恰好をした、どこにでもいる小学生くらいの男の子なんですけど、なんだろう、誰もその男の子に気づいてないんですよね。存在を認識してないっていうか。見えているのは自分だけでした。

 雑踏の真ん中に立ってるときもあれば、電柱の陰に立ってたり、あるときなんて、会社の窓から見える向かいのビルの屋上に立ってたりもしました。

 ずっと僕のほうを見てるんです。全くの無表情で、首を傾げるみたいに顔を横に向けて。

 はい。すごく怖かったです。今まで霊なんて見たことありませんでしたから。あの女も話で聞いただけで、直接見てはいませんし。もちろんお寺にも電話で相談しました。お坊さんが言うには、生き物を飼ってる限りは大丈夫だからって。そればっかりで。

 でも、特に何かしてくるわけでもない。ただ遠い場所から僕をじっと見てるだけでした。だから、気づかないふりをすることにしたんです。

 例の卒業研究で話を聞いた、霊感のある人が言ってた「気づいてないふりをするのが一番」っていうのを実践したんですよね。

 ある晩、仕事を終えて家に帰ったときでした。

 僕、いつも家に帰るとすぐに靴下を脱ぐんですが、そのときも靴下を脱いで洗濯機に投げ入れたあと、ワンルームに置いてある水槽の前を通ったんです。

 足の裏に違和感があったので、下を見ると、濡れていました。しかも、水と一緒に何かを踏んでたんです。

 よく見ると、それは一匹の小さなエビの死骸でした。

 いや、死骸なのかな? 僕が踏んだから死んだのか、もともと死んでいたのかはわかりません。

 床には大きな水たまりができていました。水槽の水位は半分ぐらいになっていて、残されたメダカとエビたちが窮屈そうに泳いでいました。

 その日は特に地震があったわけでもありませんし、水槽から水が半分もこぼれる原因は全く思いあたりませんでした。

 朝、家を出るときにたまたま服か何かを引っかけて、こぼれた水と一緒にそのエビが水槽の外に飛び出してしまったんじゃないかと考えました。

 小さいとはいえ命ですから、とても申し訳なく思って、手を合わせました。

 今考えるとあれが始まりだったんだと思います。

 男の子はそれからも変わらず、いつも僕を遠くから見つめていました。

 1か月後、今度はメダカが一匹死にました。

 深夜、トイレに行こうと起きて、便座の前に立ったとき、便器の中に浮いているのを見つけたんです。

 これは、もう偶然では片づけられないと思いました。

 でも、メダカもエビもまだまだたくさん水槽にいました。

 それから数か月は何も起きませんでした。男の子は相変わらず見えてはいましたが。

 ある晩、夕飯を買おうと近くのコンビニに行った帰りです。

 家までの道を歩いていたら、遠くにあの男の子が立っていました。

 街灯の下、道の真ん中で首を傾げて。

 いつも通り無視するつもりで、目を逸らそうとしたときでした。

 突然走り始めたんです。

 バタバタと足音を立てながらこっちに向かって真っすぐに。

 顔は無表情でしたが、頭は走るのに合わせてグラグラと前後左右に傾いていました。

 今思うとそれは、これまで首を傾げてたんじゃなくて、単純に首をまっすぐに保てなかったんだと思います。

 僕は家に向かって無我夢中で逃げました。

 近所だったので鍵をかけてなくて本当に幸運でした。

 体当たりするみたいにドアを開けて、後ろ手に鍵をかけたのと同時でした。

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン

 狂ったみたいにドアが叩かれ始めたんです。

 あの見た目からは想像もできないぐらいの力で。

 安アパートの立て付けの悪いドアだったので、それはもうすごい揺れと音でした。

 このままだと本当にドアを壊されるって思ったとき、急に音がやみました。

 僕はしばらく玄関から動けませんでした。

 何分も経ってから恐る恐るドアを薄く開けて外をのぞいたんですが、もうそこには何もいませんでした。

 その代わり、僕が閉めたドアに挟まれて、大きなヤモリがつぶれて死んでいました。

 部屋の水槽ではメダカもエビも元気に泳いでいました。

 それから僕は、無理してペット可の物件に引っ越しをしました。

 もちろん、ペットを飼うためです。

 ハムスターを飼いました。

 1年後、冬眠したきり目覚めませんでした。

 その次はインコを飼いました。

 3年近く生きましたが、窓に自分から激突して翼の骨を折って死にました。

 それから結婚して、中古の一軒家を買いました。

 去年、6年間飼っていた猫が突然血を吐いて死にました。

 妻はとても悲しんでいました。

 今は犬を飼っています。ゴールデンレトリーバーの子犬です。

 男の子ですか? はい。今も見えますよ。ほら、そこの窓から見える大通りの向こう側で。こっちを見てます。見えませんか? そうですよね。はは。

<第17回に続く>

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