第15回「死にがいを求めて生きているの」/鈴原希実のネガティブな性格がちょっとだけ明るくなる本
更新日:2024/10/21
「死にがいを求めて生きているの」。
こちらが今回紹介する作品のタイトルです。
このタイトルを初めて見た時、何故だか腑に落ちるような不思議な感覚がありました。
「生きがい」ではなく「死にがい」。
この部分、皆さんはどう感じるでしょうか?
なぜ死にがい?と違和感を抱く方もいらっしゃると思います。
私は、今作のキーポイントとなるのはまさにこの部分なのではないかと思うのです。
今作は平成を生きる若者たちが背負う悩みを描いた、自滅と祈りの物語。
植物状態のまま病院で眠る智也と、彼を献身的に見守る雄介。
クラスで浮かないよう立ち回る転校生や、皆から注目を浴びたいともがく大学生などの様々な人物が登場します。
そんな平成に生きる彼らが、それぞれに「自分らしさ」、「生きる意味」を追い求めていくという内容となっています。
日頃、「自分らしさが大事」だとか、「人と比べなくていい。ナンバーワンよりオンリーワン」だという言葉をよく耳にしますよね。
私自身、人と競争するというのがあまり得意なタイプではないためそういったことが有難かったりもするのですが、それにしたって「自分らしさ」って意外と難しいなと思ったりもするのです。
例えばナンバーワンだと向かうところは明確だけれど、オンリーワンだと何処へ向かえば良いのか分からなくなってしまう。
そこで自分探しの迷路に迷い込んでしまうといったこともよくあるような気がするのです。
また、この作品の中に「自滅」という表現が登場します。
ここでいう「自滅」とは、目に見えて人と競争することが減ったことで、自分自身の中で自分を探し続けた結果、自己否定に陥ってしまうというものです。
作中に登場する、皆から注目を浴びたいともがく大学生・安藤与志樹も、そんな「自滅」の1歩手前にいた少年です。
彼は小学生の頃、足が速く人気者でいわゆる「目立つ存在の男子」でした。
しかし中学に上がると、どうやら自分は思っていたほど運動神経が良くないということに気付きます。
他の同級生がどんどん得意競技を見つけていくのに、自分には何も無い。
自分の存在感が日に日に薄れていくのを感じた与志樹は、かなり焦りを感じていました。
そんな時、彼に転機が訪れます。
それは夏休みの課題である「ビブリオバトル」。
ビブリオバトルとは好きな本をプレゼンするもので、先生方もかなり力を入れているものでした。
これしかない!と思った与志樹は、早速ビブリオバトルへ取り組みます。
元々場面ごとのルールを見極め、押さえるべきポイントを見つけ出す能力に優れていた与志樹。
その持ち前の能力で、教師がどんな本を選んで欲しいのかなども見極め、得意の「マシンガンのようにたたみかける勢いのあるプレゼン」で、見事学年でのグランプリを獲得しました。
そのグランプリが功を奏し、与志樹は中学時代も「目立つ存在の男子」であり続けることに成功します。
そして高校も地元で1番の進学校に進学。
同じ中学からその高校に合格した他の生徒は、あまり目立つタイプではないメンバーばかり。
そして高校で同じクラスになったのは、その中でも特に与志樹と対極の長い前髪で存在感を消しているような少年でした。
そんな中、与志樹に2度目の転機が訪れます。
それは高校初の実力テスト。
与志樹は318人中259位でした。
薄々レベルが違うと気付いてはいたものの、かなりショックを受けた与志樹。
そこから這い上がろうとするものの、体育祭も文化祭も誰も本気では無いし、当然ビブリオバトルもありません。
どの時期も目立てなかった与志樹の存在感は、遂にきれいさっぱり消え失せてしまいます。
どうしよう。
焦った与志樹は何とか自分の地位を回復させようと、ビブリオバトル発足を目指します。
そこで当時流行っていた「帝国のルール」という漫画でクラスメイトにビブリオバトルを仕掛けるのですが…。
中学生時代は「マシンガンのようにたたみかける勢いのあるプレゼン」と評された早口。
目立つ男子という土台の上だと輝いていたそれは、土台が変わると一気に印象が変わってしまっていました。
いつしか完全に誰も耳を貸してくれなくなった教室。
そんな時、すっかり一目置かれるようになったかつてのクラスメイトがこう言い放ちます。
「お前、変わらないな」
与志樹は慌てて早口で沢山の言葉を返しますが、それを遮るように
「お前、中学のころ、本、別に好きじゃなかったろ」
「グランプリ狙うならあの本だって、そう判断しただけなんだろ」
「相変わらず、手段と目的が逆転してる」
と言い放たれてしまいます。
妖怪唾吐きと呼ばれていることを知ったのは、その後の出来事でした。
陰でそんなことを言われていたなんて。
そんなに唾が飛んでいたなんて。
与志樹は見ないようにしていた、自分を取り巻く環境の変化と周りの視線に改めて気付かされてしまいます。
もうここには居られない。
そう感じた与志樹は知り合いのいない、北海道の大学へと進学します。
ここでは大人しくしていよう。
静かに過ごしていよう。
そう思っていた与志樹でしたが、とある日。
いつしか現実逃避の為によく聴くようになっていたマイナーな洋楽をいつものように聴いていると、
「そのバンド好きなの?」と突然話しかけられます。
振り向くとそこには、かつての同級生によく似た男が立っていました。
彼は青山といい、お互いそのマイナーな洋楽が好きな同志に初めて会ったためすぐに意気投合します。
どのアルバムが好きか、あのMVは見たか。
久しぶりに人と語ることが出来るという喜びにすっかり夢中になっていた与志樹は、ふと2人を挟むテーブルに目を向けます。
すると、テーブルには水滴が飛び散っていました。
終わった。嫌われる。嫌われた。
ごめんなさいごめんなさい。幼くてごめんなさい。
マシンガンのような早口で捲し立ててごめんなさい。
自分だけ何も変わっていなくてごめんなさい。
そう心の中で唱えても、口も体も硬直して動かない。
完全に固定された視界に滑り込んできたのは、紙ナプキンを握る青山の手でした。
そして青山は、
「ごめん、興奮しすぎて唾飛んでたわ」
と言ったのです。
そのひと言は、与志樹をがんじがらめにしていた何かを、すべて取り払ってくれました。
かなり長くなってしまいましたが、以上が与志樹の学生時代のお話です。
私はこの部分を読んで、本人でもないのに勝手に凄く救われたような気持ちになってしまいました。
「目立つ存在でいないと存在価値がない」と、誰かにそう言われたわけでもないのに、何だか自分がここに存在する理由を証明しなきゃいけない気がする。
なんだか「生きがい」を探さなきゃいけない気がする。
そういった〇〇しなきゃというような感情が、与志樹をどんどん追い込んでいってしまったのかなと思います。
でも、〇〇しなきゃと思っているのは自分だけだったりするんですよね。
「自分らしさ」「生きがい」を探すあまり、いつしか「死にがい」を探しているみたいになってしまっている。
何だかここに居たくないような、自分のことを責めてしまいたくなるような気持ちになってしまう。
でも、そんな時に一旦立ち止ってみる。
一回自分自身を見ないようにしてみる。
周りに目を向けてみる。
そしたら、もしかしたら。
1人くらい自分の方を見てくれている人がいるかもしれないと、この作品を読んで感じました。
今、もし深くて暗い場所に居るとしても、時が経つと段々と呼吸が楽になるかもしれないから。
あともう少しだけ、ただ生きてみませんか?
そんな色々な想いを感じられる作品でした。