推しの本当の姿はアイドルか、人間か。推される側の“恋”と“生”を痛いほどリアルに描写する全4編の短編小説集
PR 公開日:2024/8/26
夜空の星が輝いてみえるのは、その身をどこまでも燃やし尽くしているからだ。もしかしたらそれはアイドル、私たちの「推し」についても言えることなのかもしれない。自らの人生をストイックに捧げ、今という時間に殉じていく。そんな生きざまを描き出したこの小説は、これでもかというほど、私たちの心をヒリつかせてくる。
その小説とは、『星が人を愛すことなかれ』(斜線堂有紀/集英社)。推される側の“恋”と“生”を描き出す、4編の短編集だ。作者は、令和最注目の作家・斜線堂有紀。その描写力は圧巻。どんなにまばゆい光の中についても、ステージを降りればそれぞれの人生が待っているアイドルたち。この物語では、地下アイドル「東京グレーテル」のメンバーとその周囲の人々の日々を、連作短編という形でおそろしいほどの疾走感で紡ぎ出していく。
ほとんど花開くことなく散っていく地下アイドル業界で、解散寸前だった「東京グレーテル」は、ひとりのカリスマ・赤羽瑠璃の存在で、大躍進を遂げた。結婚を考えている恋人が、赤羽瑠璃を猛烈に推していることが許せないでいる一般女性の憂鬱(「ミニカーを捨てよ、春を呪え」)。恋人であるはずの地下メンズアイドルが、ファンと関係を持っていることが発覚して炎上し、さらに炎上を加速させることを誓う「東京グレーテル」メンバーの決意(「枯れ木の花は燃えるか」)。「東京グレーテル」の絶対的エース、赤羽瑠璃の秘められた恋(「星の一生」)。この短編集を読んだ時に、脳裏に浮かんだのは渇望という言葉。人を走らせるもの、それは飢餓感なのか。この短編集の主人公たちはどこか満たされない。自分が求めるものに、必死で手を伸ばそうと足掻き続けている。
たとえば、表題作「星が人を愛すことなかれ」の主人公・「東京グレーテル」の元メンバー・雪里も、そのひとりだ。グループから卒業した後も、アイドルの夢を捨てきれずにいた彼女は、事務所に勧められるがままVtuberとしての活動を開始。Vtuberは、中の人間が何者かという「前世」が人気に強く影響を及ぼすが、雪里のチャンネルは、「東グレ」ブームと相まって、登録者数は200万人を超えた。だが、満たされない。雪里はとにかく人気がほしい。登録者数が数百万人程度では足りない。アイドル時代、思うように活躍できなかったという悔しさが、雪里をどこまでも急き立て、彼女は配信に生活のすべてを捧げていた。その代わり失われたのは、配信を応援してくれていたはずの恋人・龍人との時間。配信前にする他愛ないLINEのやり取り、編集をしながら夜中にする通話は、彼女の支えだったが、このままでいられるわけがなかった。今のペースでの配信を諦めるのか、龍人を手放すか。選びたくはない。龍人と離れたくはないのに、200万人の登録者を優先したい。そんな雪里の思いに、私たちまで、身を引き裂かれるような思いにさせられる。
「一生配信するからね。見ててね。私が最高の人生、使い切るところ」
アイドルの胸の内が、こんなに鮮やかに、そして、生々しく描き出されるなんて。「経験のない『推される側』の気持ちに共感できるだろうか」と、ページをめくり始めたが、そんなのは杞憂。苦しい。心がヒリヒリと痛み、読み終えた時、「ああ」と思わずため息が漏れた。人が手の届かない星に手を伸ばすように、星もまた人に恋焦がれることがあるのだろうか。それは罪なのだろうか。誰だってただ大切な人にそばにいてほしいだけ。それなのに、どうしてそれは叶わないのだろう。表題作以外も必読。切ない気分にどっぷり浸りたい時、読むべきはこの本。どうやったって満たされない思いに、あなたの心も痛いほど疼くに違いない。
文=アサトーミナミ