安部若菜 エッセイ連載「私の居場所は文字の中」/第2回「人生を変える出会い」

文芸・カルチャー

公開日:2024/8/23

私の居場所は文字の中

本が好きで小説も書いている、というとよく聞かれるのが
「普段本読まないけど小説読みたいと思っててさ、どんな本がおすすめ?」

こう聞かれると、ウンウンと悩んでしまいます。読書にハマってほしいから、相手にドンピシャの本を紹介したい。ミステリーなのか恋愛なのか、好きなジャンルを聞いて性格も鑑みて、考え抜いて何冊か勧めてしまいます。

ただ、そうやって教えた小説をきちんと読んでくれる人は、本当に少ない。

でもきっと相手も軽い会話で聞いたのに真剣にオススメされて戸惑っただろうし、カスタマイズして勧めるのは自己満足でしかないから、それは問題ではありません。問題は、私が”おすすめの本”をすぐに答えられないこと。そもそも、どのジャンルにおいても、好きな作品をすぐに答えられる人は少ないのではないでしょうか。

そしてもう一つ、インタビューなんかでよく聞かれるのが「あなたの人生を変えた1冊は何ですか?」
たった1つの物語で、人生が変わる。好きな小説は沢山あるけど、また別のベクトルで難しいこの質問にスラスラと答えられるよう、自分の読書遍歴から紐解いていきたいと思います。

 

まず第一候補。物心ついた時から本が好きでしたが、一番古い記憶は小学3年生の時に読んだドイツの児童文学作家ミヒャエルエンデの『はてしない物語
589ページある大作ですが、1週間くらいで一気に読んだのを覚えています。

ちょうど主人公が本好きな10歳くらいの少年と年齢が近く、ストーリーも「本の中の世界に入ってしまう」という読書好きなら誰しもが想像したことのあるシチュエーションだったことも影響して、物語への入り込みや共感もひとしおでした。

熱烈に「自分もこの世界に入りたい!」と思い、自分で小説を書けば思い通りの世界が作れるんじゃないかと考え始めたのもこの頃で、私の原点ともいえる作品です。

 

その次に読書の嗜好を変えてくれたのは湊かなえさんの『贖罪
これは小学4年生の時、家にあった父の本を勝手に読みました。

『贖罪』は湊かなえさんの中でも重い内容で、小学生の時、友人の殺害現場に居合わせた少女4人がその罪を抱え続けるという物語。それまでも背伸びしたがりなおませさんでしたが、『かいけつゾロリ』もまだ読んでいたような年頃には刺激が強すぎて、贖罪を一気読みした夜、39度の熱が出ました。

学校の図書室にある児童書で読書家を気取っていた私にとってそれは衝撃の読書体験で、そこから湊かなえさんを読み漁りました。

ちょうどその頃にやはり家の本棚で出会ったのが漫画版の『新世紀エヴァンゲリオン』この辺りで完全に自分の趣味嗜好の方向性が決まったと断言できます。

 

更に綾辻行人さんの小説『Another』が文庫本になったのも同じく2011年頃。中学校を舞台にした死の連鎖と不穏な空気感、ホラーミステリーの代表となった作品をリアルタイムで読み、『かいけつゾロリ』が大好きだった無垢な小学生は4年生でぐんと大人になりました。

その後は小説に加えアニメにハマり、週に15本ほど視聴するなど順調に雑多ジャンルの作品を吸収し続け、アニメ『ラブライブ!』に出会います。アイドルをテーマにしたこのアニメに憧れアイドルを志し、高校1年生のとき、NMB48に加入しました。小説ではないけど、大きく人生を変えてくれた作品です。

 

ですが、なぜ働いていると本が読めなくなるのか、とはよく言ったもので、NMBに加入してからピタリと本を読まなくなってしまいました。慣れない環境と覚えないといけないことだらけで余裕もなく、他の趣味もなくなって、隙間時間はぼんやりとSNSを見るだけ。

そんな仕事マシーンと化していた私を本の世界に引き戻してくれたのが森絵都さんの『カラフル』でした。SNSで偶然カラフルに関する投稿を見かけ、そういえばどんな内容だっけ?と久々に読み返したくなったのです。
すぐに図書館に借りに行き、久しぶりに開いた小説の世界。読みながら結末を薄っすら思い出しつつも、ページを捲る手が止められません。気づけば一晩で読み終わり、爽快な読後感に浸っていました。いわば小説は他人の人生を覗き見するものだけど、SNSで他人の世界を覗き見るのとはまた違う心地よさと没入感。そこから少しずつですがまた本を読むようになり、最近は月2,3冊ペースで読んでいます。

 

振り返ってみると、多感な時期だからか小中学生の頃に読んだ作品が多くなってしまいました。『はてしない物語』はかなり印象深いものの、児童書を1番好きな本に挙げるのも23歳になった今少し躊躇われるような……。そして人生のポイント的に挙げた今回の本以外にも好きな本は沢山あるし、その時の状況や気分によっても変わります。
人生を変えた1冊というのも、その1冊だけでなくそこに辿り着くまでに色んな作品を経たからこそ、その時何か感じたのであり、きっと1つ見ない作品があっただけで、バタフライエフェクトのように少しずつ自分が変わっていくのではないでしょうか。
長々と振り返った挙句、諦めました。結論はどちらも「選べない」です。聞かれたその時々で、その場に適した1冊を答えて乗り切っていこうかと思います。

でもそれだけ人生において大事な作品があるというのはとても嬉しいことですし、今後もそんな本を増やせるよう色々な本を読みたいです、とお茶を濁して今日は締めさせて頂きます。

 

安部若菜の最近読んだ本

斜陽
斜陽』(太宰治/新潮社)

今回は本が沢山出てきましたが、最後に最近読んだ本を一冊紹介します。
方向性をガラリと変えて、最近ハマっている太宰治さんの『斜陽

『人間失格』だけ読んだことがある程度で、純文学はまだ自分には難しい、という印象が抜け切らずにいたのですが、この斜陽で完全に胸を貫かれてしまいました。出てきた好きなフレーズをいくつもメモにとってその一文だけを何度も読み返してしまう経験は初めてでした。
1番好きな一節は「恋、と書いたら、あと、書けなくなった」こんなにも一行で足止めを喰らったのは初めてでした。何度も読んで、何度もその一文にときめきました。
それからもう一つ「戦闘、開始」もお気に入りの一節です。
恋と革命をモチーフに、戦後没落していった貴族の激しい生き様を描いていますが、そんな短いあらすじでは表せない奥行きです。名作は時代が経っても名作。きっとこの1冊も人生を形作るピースになっていくことでしょう。

<第3回に続く>

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