100歳を超える人は加齢の速度が遅い? 世界や日本のスーパー高齢者の実態/100歳は世界をどう見ているのか②
公開日:2024/9/5
『100歳は世界をどう見ているのか データで読み解く「老年的超越」の謎』(権藤恭之/ポプラ社)第2回【全4回】
2050年には50万人以上が100歳を超えるといわれる日本。敬老精神が高く長寿をめでる日本だが、介護や認知症のイメージにより、自分ごととしての「長生き」はネガティブにとらえられがちだ。本書は500人以上の百寿者と実際に会い、調査を続けてきた著者が加齢をめぐるさまざまなデータ、研究結果を紹介。高齢期に高まるとされる「老年的超越」の謎に迫る。多くを失いつつも幸せを感じられる老いとは何か。『100歳は世界をどう見ているのか データで読み解く「老年的超越」の謎』は、100歳を超える超高齢者の心と体を理解し、確実に訪れる人生への向き合い方を考える1冊です。
加齢の速度が遅いスーパー高齢者たち
現在、世界のさまざまな地域で100歳を超える人たちの調査が行われています。
アメリカ北東部のニューイングランド地方で長年100歳の研究をしているパールス先生が実施しているのは、100歳以上の人とその兄弟、そしてその子どもを対象にした長寿の秘密を探ろうという研究です。その研究では、「長生きしている人ほど不健康期間が短い」という報告が出ています。長く生きればその分だけ不健康な期間も増えると考えていた私にとっては、本当に信じられない、びっくりする報告でした。
データを見てみましょう(図4)。
このデータは、90歳未満で亡くなった高齢者、90歳で亡くなった人、100歳で亡くなった人、105歳で亡くなった人、そして110歳以上で亡くなった人について病気にかかっていた期間を比較したものです。
グラフのこの棒が病気であった期間を指しています。人生の中でどれくらい病気の期間があったかを見ると、100歳よりも105歳、105歳よりも110歳の人のほうがたしかに短い、つまり長寿者であればあるほど不健康な期間が短いという結果が出ています。
ちなみに英語では、100歳を「センテナリアン」、110歳以上の人を「スーパーセンテナリアン」そして、その間の105歳以上の人を「セミスーパーセンテナリアン」と呼んでいます。「スーパー」が冠せられますが、たしかに「スーパー高齢者」「ス―パー長寿者」ですね。
パールス先生の研究によれば、長寿者であればあるほど病気にかかりはじめる年齢も高い、つまり110歳の人のほうが高血圧、糖尿病など、加齢と関連する病気になる年齢が遅いという結果を示しています。さらにもう少し詳しく見ると、110歳の人で、100歳以前に病気にかかっていなかったという人が約7割もいたそうです。慶應義塾大学の研究では、DNAのメチル化を用いて百寿者の生物学的年齢を調べたところ、実際の年齢よりもずいぶん若かったことがわかりました。110歳まで生きる人たちは、加齢の速度が遅いのかもしれません。
次に日本のデータです。これは、国立保健医療科学院の中西康裕先生が奈良県の医療データを分析し、終末期の医療費がどれくらいかかるかということを死亡年齢別に調べたものです(図5)。
グラフの一番右が亡くなった時点を指しており、当然、亡くなる前は医療費が高くなります。ただし比較的若い高齢者と100歳以上の人たちを比較すると、100歳を超えている人のほうがずいぶんと医療費は低い結果が見てとれます。
もちろん医療費だけではなく、介護保険をどれくらい使うのかというデータと重ねてみると、あまり変わらなくなるとのことでしたので、人生の終末期に必要な経費は変わらないかもしれません。
米国のデータは長生きすればするほど「ピンピンコロリ」になることを支持していますが、日本のデータはそこまでではないかもしれません。しかし、長寿者個人に注目すると、その可能性が見えてきます。
高齢でも筋力は増加する
兵庫県の農村部で百寿者のご自宅に調査に伺った時のことです。小柄でよく日に焼けた色の黒い女性が出迎えてくださいました。最初の印象では、まさかその方が100歳とは思えませんでしたが、その日の午前中には畑仕事に出かけていたと話してくれました。別の京都の日本海側での調査では、普段は家の裏で畑仕事をしているという女性が出迎えてくれました。そして、「いつもこうして水を汲んでいるの」とバケツを手に、足元軽やかに深さ1メートルほどある水路に下り、水を汲んで畑にまきました。今、私も同じように畑仕事をする機会がありますが、あの軽やかな動きには到底及びません。
私たちは高齢になると筋力が落ちてくるもの、体力は衰えるものと思っています。しかし高齢であっても適切なトレーニングを積めば筋力は増加するとのデータもあります。
むしろ問題なのは、気力が衰えることなのです。長岡さんや三浦さんのように大きなことを「成し遂げたい」と思わなくてもよい、身のまわりのちょっとしたことを「やりたい」と続ければいいのです。毎日続けることが、若い人が毎日トレーニングすることに匹敵するのです。
80歳で始めた水泳で18の世界記録―長岡三重子さん
みなさんは「マスターズ陸上」「マスターズ水泳」をご存じですか? ときどき、マスコミでもこの大会のことが紹介されますが、これは5歳刻みの年齢別に分けられ、そのクラスごとの世界記録が認定されています。少し前までは100歳の部(100〜104歳)が最高でしたが、最近105歳の部(105〜109歳)ができたそうです。100歳が普通になり105歳の部が設定されたということで、そのうち110歳の部ができるかもしれません。
100歳の部での100メートル走の記録は男性で26秒、女性で39秒です(図7)。
競走したら私は負けるような気がしますが、年齢にかかわらず、記録を出そうとする人たちのエネルギーに感心します。最近では、マスターズ陸上の1600メートルリレー(400メートル×4人)の90〜94歳クラスで日本人メンバーが9分23秒29の世界記録を作ったというニュースもあります。近年高齢者の体力の向上は目をみはるものがあります。
長岡三重子さん(1914〜2021年)は、水泳の100歳の女性の部で、1500メートル自由形を世界で初めて完泳した人です。そのタイムは75分54秒39で、それだけ長い時間泳いでいられたことにも驚きます。こういう記録を持っているのですから、若い頃から水泳をやっていたのだろうと考えますが、長岡さんが水泳を始めたのは80歳の時でした。
長岡さんは女学校卒業後、藁関係の卸問屋に嫁ぎ、専業主婦としてふたりの息子さんを育てました。ところが夫が早くに他界し、53歳で家業を継ぐことになります。鉄鋼の高炉の保温剤として籾殻が大量に必要とされる時期で、長岡さんはそこに目をつけて問屋を発展させました。
その一方、55歳で能を始め、観世流の先生から稽古をつけてもらって、「羽衣」などの演目を年に1回東京の国立能楽堂や京都の大江能楽堂などで演ずるまでになりました。
ところが80歳になって膝に水が溜まるようになり、リハビリで水泳に出会います。初めての水泳だったので、25メートルを泳ぐのに1年間かかったそうです。その後、聴力が衰えて能を続けるのが難しくなり、水泳に力を注ぐようになります。88歳でニュージーランドの「世界マスターズ水泳大会」で銅メダルを獲得、その2年後のイタリア大会では3つの銀メダルを獲得します。
ここで長岡さんは「銀メダルでは悔しい、今度は金メダルだ」と決意して、91歳から水泳のコーチについて本格的な泳法を学びます。こうして金メダルを獲得し、世界記録を出すようになります。100歳の時(2014年)には100〜104歳の部で18もの世界記録を樹立し、1500メートルの完泳を果たしました。その功績により、同年に日本スポーツグランプリを受賞しています。
長岡さんは100歳の誕生日に、「百すぎて 熱と力で 希望の丘へ」という句を作っています。苦しいことでもやり抜く意志力と情熱にあふれた人だと思います。
高齢になると新しいことを覚えられなくなると考えている人が多いかもしれません。91歳から泳ぎ方を本格的に習って上達したなんて、噓ではないかと思う人もいるかもしれません。でもそれを長岡さんは実現したのです。
このような、体の動かし方などに関する記憶は「手続的記憶」と呼ばれ、年を取っても衰えにくい記憶であることが知られています。人の名前は覚えられなくなっても、体の動かし方の記憶は衰えないのです。
長岡さんが最後の世界記録に挑んだのは105歳の時、残念ながら新記録の樹立とはなりませんでした。私は新聞の取材を受け、記録が作れなかったのは残念だけれど、いずれ新しい記録が作られるだろうと答えました。その日は間違いなく来ると確信しています。
<第3回に続く>