佐久間宣行「推し」を売るために賛否両論ある場所で勝負する。『ゴッドタン』『あちこちオードリー』が「人を売る番組」になった理由【佐久間宣行インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2024/9/3

佐久間宣行さん

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7月26日に刊行された、佐久間宣行さんの新著『ごきげんになる技術 キャリアも人間関係も好転する、ブレないメンタルの整え方』(集英社)。テレビプロデューサーとして数々のヒットコンテンツを生み出す佐久間さんですが、実は元来ネガティブ思考だと言います。

自身のネガティブな感情とどのように向き合い、仕事に臨んできたのか。本書では、佐久間さんが編み出した「自分自身をごきげんにする技術」が綴られています。

本インタビューでは、出版に至った背景や仕事に対する考え方などを伺いました。

■悩んでいる人に「必ずしもポジティブである必要はない」と伝えたい

――書籍化の企画はいつ頃から始まったのでしょうか?

佐久間宣行さん(以下、佐久間):だいたい1年前くらいですかね。僕の雑誌『SPUR』で悩み相談に応える連載を見た担当編集の方から、「自分のメンタルの保ち方とか、プレッシャーへの対処法が面白いですね」と言われて。仕事の臨み方や問題解決の仕方、一緒に仕事する人のメンタルケアなどを本にしようとなったんです。単に連載を書籍化しようというより、悩み相談の中から自然に出てきた話を本にした感じでしたね。

最初は僕の自伝的な要素が強かったんですが、だんだんと悩み相談が中心になってきました。その中で気づいたのは、ポジティブ思考の限界についてです。

そもそも人間には、悲しみや怒り、不安など、ネガティブ思考が常に付いて回ります。こういうデリケートな感情をポジティブ思考で上書きしようとすると、本心に蓋をしたり、自分に嘘をつくことにもなりかねません。

けれど、ポジティブ思考をもって自分のメンタルを世の中に合わせようとしている人が多いんですね。そして、結局うまくいかずに悩んでいるなと気づいたんです。

本書のタイトルにある「ごきげん」とは、「メンタルが安定していて、ブレない軸がある」という状態のことです。無理にポジティブにならずに、ごきげんでいるほうが、生きやすくなりますし、多くのメリットをもたらすということを本書では伝えています。

――どういう層からの相談が多いですか?

佐久間:僕と同年代や、30代くらいの人が多くて、大きく分けて2パターンあります。

1つは、頑張りすぎて燃え尽きてしまい、世の中の変化についていけず、自分の努力が報われないと感じている人。もう1つは、新自由主義的な競争社会に適応しようとして疲れ果てている人です。

どちらの人たちにも、「必ずしもポジティブである必要はない。むしろネガティブな面も受け入れていいんだよ」というメッセージを伝えたいと思いました。ポジティブであることにもテクニックが必要で、それを無理にやろうとすると大切なものを見落としてしまうかもしれないんです。

――相談内容はどういったものが多いですか?

佐久間:人間関係の悩みですね。組織内での序列や実績が固定化してしまって、それに悩む人が増えています。

解決策としては、大きく3つのアプローチがあると思っています。状況を俯瞰的に見ること、自分で状況を把握すること、そして組織の仕組みを理解すること。この3つで多くの問題が解決できると考えています。

――相談されることは、フリーランスになってから増えたんですか?

佐久間:そうですね。特に後輩や同期くらいの人から相談を受けることが増えました。僕が忙しそうだけど、それなりに上手くやっているように見えるらしくて。

組織の中にいる人が、外から自分のキャリアを客観的に見たいとか、フリーランスになりたいけどどうしたらいいか、といった相談が増えましたね。

佐久間宣行さん

■会社員とフリーランス、両方経験して分かった「失敗」の価値

――フリーランスになって4年目ということですが、独立して気づいた組織で働く魅力はありますか?

佐久間:いくつかありますが、組織に所属する最大の魅力は「失敗できること」なんです。ただ、これは辞めてから気づいたんですよ。組織にいる間は失敗したらどうしようと思っていたんですが、フリーランスになってから、失敗の意味が全然違うことに気づきました。

失敗できるということは、言い換えれば、いろんなことを試せるということなんです。今思えば、組織にいた頃にもっとあれを試せばよかったなと、たくさんの仮説が浮かんできます。

――例えばどんな仮説がありますか?

佐久間:テレビ番組の作り方についての仮説があります。テレビって、リアルタイムでないと観れないので視聴者にとっては不便なメディアですよね。昨今は見逃し配信もありますが、それも視聴期間が限られている。

でもその不便さを逆手に取って、番組のブランド価値を高める戦略を取れば良かったんじゃないかと思うんです。わざわざテレビを観に来てくれる人のために、番組の価値を高める。視聴者に合わせすぎるんじゃなくて、そういうアプローチを取れば良かったかもしれません。

実際、会社員時代にそういう番組作りを試みたこともありましたが、まだ試していないアイデアがたくさんあるんですよね。

――企画の実現の仕方も会社員とフリーランスでは異なりますか?

佐久間:そうですね。会社員時代なら、社内の偉い人や予算を握っている人を1〜2人説得すれば実現できたかもしれない。一方フリーランスだと、誰が読んでもわかる企画書を作って、プレゼンして、多くの人を説得しないと通りません。

――YouTubeの「罵倒村~もしも日本に住民全員が罵倒してくる村があったら~」(※)は、フリーランスだからこそできた企画なのでしょうか?

※YouTubeチャンネル「佐久間宣行のNOBROCK TV」の企画

佐久間:「罵倒村」は、ある種ファッションショー的な感覚で作りました。これがきっかけで他の仕事にも繋がるんじゃないかと考え、採算度外視でチームを作って挑戦しました。

結果的に、これが正解だったと感じています。YouTubeでパイロット版を作ることで、企画が通りやすくなったんです。YouTubeは単独のプラットフォームとしてだけでなく、新しいコンテンツのパイロット版を作る場としても機能する。この考え方は、僕の中で大きな変化でした。

ただ、テレビにしかできないことはまだあります。スタッフの多様な技術や経験を含めた、いわゆるレガシーな部分ですね。YouTubeで何でもできると思われがちですが、実際にやってみると、テレビでしか実現できない部分がまだあることがわかってきました。これらの要素を考慮しながら、自分の企画を作り上げていく必要があるんです。

――佐久間さんがYouTubeでキャスティングした「福留光帆さんとトンツカタンの森本晋太郎さん」、「かが屋さんとグラビアアイドル」といった組み合わせをテレビなどが真似しているのを見ると、すごく面白いなと思うんです。YouTubeだからこそ先取りできたキャスティングだなと感じますか?

佐久間:僕にとってYouTubeを始めて3年間は、いろんなことを勉強しながらやらせていただいているという感覚だったので、先取りできたという感じはないですね。ただ、ちょっと真似されすぎだなと思っていますが(笑)。

佐久間宣行さん

■「推し」を売るために賛否両論ある場所で勝負する

――少し毛色の違う質問をさせてください。現在、企画から動画制作まで生成AIでも作れるようになり、その流れは加速すると言われています。その中で、人の介在価値はどこだと思いますか?

佐久間:YouTubeをやっていて思うのは、ショート動画は理論でバズるので生成AIでもできそうだなと。ただ、ロングの動画や人の時間を1時間以上とるものは、作っている人の感情とドキュメント、例えば不確定性や裏切りが乗ってないと面白くならないと思います。

僕の仕事は「推し活」なので、生成AIとはちょっと相性が悪いと思うんですよ。推しというのは、自分の思いを他人に乗せて応援する文化ですから、生成AIが得意とする理論ではないんですよね。

――「推す」という行為は生成AIがカバーする領域ではないので、リプレイスされないというわけですね。

佐久間:はい。僕は人生を通して推し活してるみたいなもんなんです。自分の好きな劇団や、自分の面白いと思った芸人が売れてほしいなと思ってやってるんです。自分が作りたいものを作るっていうのは、多分他の人よりも少なくて。僕の番組をきっかけに売れてほしいなって思ってやってるから続いてる。そうじゃないと多分こんなに頑張らないですよ(笑)。

ある程度お金を稼げたら、わざわざYouTubeなど賛否両論ある場所に行く理由がないというか、”賛”しかない場所でやった方が気持ちいいと思うんです。

でも、賛否両論ある場所に出て行く理由は、自分の仕事が推し活に近いからです。元々好きな芸人が業界を辞めたり、好きだった劇団が解散したりするのが悲しくて、もっと自分の番組をきっかけに売れてほしいと思って仕事をしていて。その気持ちは今でも変わっていません。

だから僕の番組って、『ゴッドタン』にしろ、『あちこちオードリー』にしろ、全部人を売る番組なんですよね。

――『あちこちオードリー』はフォーマットが完全に出来上がっていて、人を売ることに最適化していると感じます。そこに対して満足している感覚はありますか?

佐久間:まったくないですね。むしろ、今は番組のフェーズを変えなきゃいけないよねって話を若林(正恭)くんとしているんです。

昔は自己顕示欲やお金が目的で芸人になった人が多かったから、一人ひとりに物語があったんです。いわば”生き様タイプ”ですね。だから話を聞くと悩みが出てきた。

けれど、今の20代の芸人さんはお笑いが好きで、ネタが好きで、ネタをやりたくて入ってきている人が多い。”マニア”や”研究者”に近いタイプなんですよね。だから彼らに自分自身の物語や悩みを聞いても、特に出てこないんですよ。

だから『あちこちオードリー』は彼らにとってどういう番組であるべきなんだろうねって話をしています。

『あちこちオードリー』に限らず、人を売る番組であり続けるためにどの番組もフェーズを変えなきゃいけないなとは考えています。

佐久間宣行さん

■仕事では、自分をどれだけ信用するか?のバランスが重要

――書籍の中でロールモデルとしてご両親を挙げられていましたが、仕事におけるロールモデルの重要性についてどのように考えてますか?

佐久間:両親は仕事のロールモデルというわけじゃないんです。でも、良い人間としての生き方を見せてくれました。ずるをせず、その時の利益が少なくても、最終的には実りある人生になるんじゃないか。そんな考え方を両親から学びました。

実は仕事に関しては、ロールモデルがあまりないんです。それより、自分をどれだけ信用するかのバランスが大切だと思っています。時と場合によってまったく信用しない時もあれば、しっかり信用する時もある。自分のどの部分を信用するかを冷静に見極めて、そのバランスを保ちながら進めていく。それが僕のやり方です。

――それは新人の頃からですか?

佐久間:そうですね。誰か1人の仕事を見習うのではなく、たくさんのサンプルの中から学んできました。

例えば新しいジャンルに参入したい場合、自分の中で仮説を立てて、それを他人の仕事と照らし合わせて検証します。そして仮説が6〜7割ぐらい確信できたら、参入するという感じです。

■仮説検証を繰り返しながら、新しい領域に挑戦していく

――現在の仕事のポートフォリオを教えてください。

佐久間:テレビが中心で、全体の4割くらいですね。YouTubeと配信作品が2割ずつ、ラジオなどの出演の仕事が1割、残りの1割がその他です。

――その中でより注力したい分野はありますか?

佐久間:そうですね…。この分野に注力したいというより、どんどん仮説検証を繰り返していきたいなと思っています。

僕はお笑いを中心にした番組を作っていますが、50代以降、自分のお笑いのセンスがドンズバで合う自信がないんですね。

ただ、「お笑いの知見」が通用するところは他にもたくさんあると思っていて。それが見つかったら50代の仕事はもっと楽しくなるはずなので、40代半ばからはそれを試しているんですよね。

――それがYouTubeなのでしょうか?

佐久間:はい。先程テレビは不便なメディアだと言いましたが、単に不便なだけで、面白いものはたくさんあると思っています。その証明がNOBROCK TVです。

NOBROCK TVはYouTubeの手法だけでなく、テレビの手法も入ってるんですよ。よく「新しいことをしている」と言われるんですけど、実際は新しいこと3割・新しくないこと7割なんです。でも登録者数200万、再生数1,000万という結果が出たのは、テレビの手法にYouTubeの便利さを掛け合わせた結果で、僕の仮説が証明されました。

――今後挑戦したいことを教えてください。

佐久間:1つ目は、日本のお笑いを世界で試してみることです。日本のお笑いは、固有名詞や日本特有の社会性、人間関係に依存している部分があるため、海外の人には理解しにくい面があります。しかし、その中にも世界で通用する要素があるのではないかと考えています。そういった普遍的な手法を見出し、海外でも試してみたいです。

2つ目は、お笑いのテクニックを他のジャンルに応用することです。テクニックには、緊張と緩和、裏切りなどの要素があります。例えば、「裏切って笑わせる」の要素は、反転させると「泣かせる」や「怖がらせる」という要素になるので、お笑いの人間だからこそ作れる新しいタイプの怖いコンテンツがあるのではないかという仮説があります。

そういった形で、これまでの知見を活かして新しい領域にチャレンジしていきたいですね。

佐久間宣行さん

■SNSを見て不安になっている人にこそ読んでほしい

――テレビやYouTubeなどと比較して、書籍というプラットフォームの強さはなんだと考えていますか?

佐久間:書籍は2〜3時間かけてじっくり読むので、メッセージが誤解されにくいんです。ネット記事や動画だと切り取られてしまって、内容が誤って伝わることも多いんですよね。一方、本を1冊読んでくれる方は、内容をしっかり受け取ってくれるので、僕のことを好きになるにしろ嫌いになるにしろ、その理由がはっきりしています。

だから今後も自分のメッセージを正しく伝えるために、書籍を出していけたらなと思っています。

――最後に、この本をどういった方に届けたいか教えてください。

佐久間:やっぱり、SNSを見て不安になっている人に読んでほしいですね。SNSって便利だけど、ネガティブな情報が多いじゃないですか。正直、SNSを見て心が安定する人なんていないですよね。だから、そういう人たちにこそ手に取ってもらいたいです。

『ごきげんになる技術』を読むことで、自分という人間の舵の取り方がわかってくれたらなと思っています。

取材・文=篠原舞、撮影=金澤正平

佐久間宣行さん

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