女学園のお嬢様が突如失踪。消えた彼女と追う私、ふたりの想いを描きだすミステリー青春劇『そのうるわしきひとは、』
PR 更新日:2024/9/20
ミステリーのもっともドラマチックな部分は、やはり謎解きだろう。ふたりの女学生をめぐるミステリー仕立ての中編『そのうるわしきひとは、』(まめ魚:作、花とゆめ編集部:原案/白泉社)も、もちろん真相解明部分が面白いのだが、読後に振り返ったとき印象に残るのは登場人物たちの表情だ。
『そのうるわしきひとは、』は、令嬢が集まる女学園の生徒・九条美(くじょう・ふみ)の突然の失踪から始まる。完璧な人として学園内で憧れを集める美の失踪は大事件。「なぜあの人が」と戸惑いが広がるが、美の後輩・市川琴(いちかわ・こと)はそんな話に反発する。ふとしたきっかけから美と仲良くなった琴は、本当はお茶目だったり、陰で努力したりしている彼女を知っていたからだ。
自分だけが知っている誰かの素顔というのは王道中の王道だが、心が躍るポイント。大なり小なりそうした経験がある人も多いのではないだろうか。経験と結びつく感情表現は、やっぱりグッとくるものだ。
さて、そんな琴が失踪の真相に迫っていくミステリーが本作の軸になるのだが、面白いのはその過程で見えてくるのが“事件”の真相だけではないところだ。
琴は何があったのか知ろうと美との思い出を振り返りながら、彼女の秘密を探っていく。そこで見えてくるのは、単なる事実ではない、美の気持ちだ。「完璧な令嬢」として見せた澄ました顔ではなく、本来の彼女が見せたさまざまな表情は、失踪のヒントであり、同時にそれ自体が謎でもある。
無邪気に笑う美、表情を失う美、泣き出しそうな美……さまざまな表情とともに見えてくる彼女の素顔や心が強く印象に残る。美の顔を通して、彼女を想う琴と読んでいる自分の気持ちが重なっていくようになっている。
そして、美の気持ちを探るなかで、琴はもうひとつのものと向き合っていくことになる。自分自身の気持ちだ。美はなぜ自分に何も話してくれなかったのか。わからないだけでなく、もやもやとした気持ちになる自分にも気づく。この心の動きが、『そのうるわしきひとは、』の鮮烈な部分になっている。
心配し、もやもやし、悲しみ、悩む。美同様、琴の表情もまたひとつひとつが心に残る。なかでも、迷いを経て真相にたどり着いた琴が美に見せる第2話ラストの表情は印象的。失踪の真相をめぐるミステリーが明らかになる瞬間と、真相に向き合った琴の決意のような気持ちが重なり合う場面だ。
誰かの秘密を知り、その人に向き合うことは、自分の心にも向き合うこと。その心の動きに本作のドラマチックさがある。だから、顔の見えない美の後ろ姿から始まるこの物語は、登場人物たちのいろんな表情が心に残るのだ。
文=小林聖