実在した呪術や魔術師とは? 異世界ジャンルの創作活動にも役立つ、古代ギリシャ魔術の歴史解説書

文芸・カルチャー

公開日:2024/9/10

秘密の古代ギリシャ、あるいは古代魔術史"
秘密の古代ギリシャ、あるいは古代魔術史』(藤村シシン/KADOKAWA)

 2024年夏のコミックマーケット(コミケ)も大盛況に終わった。その様子を眺めてみると世の中はまだまだ異世界ブームが続いており、コミケに参加して「自分もそのジャンルの作品を作りたい!」と思った人も多いことだろう。とはいえ、思い描くような作品を創り出すためには物語設定の参考となる知識が必要……。

 先日、書店をぶらぶらしていたところ、そんな創作活動に役立ちそうな書籍と巡り合った。『秘密の古代ギリシャ、あるいは古代魔術史』(藤村シシン/KADOKAWA)である。タイトルに惹かれて手に取ってみると、古代魔術の種明かしや実在した魔術師の姿などがこれでもかというほどに解説されている。本稿ではそのいくつかを紹介しよう。

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呪文の効力、それは回文にあり!

 世界的に大ヒットした「ハリー・ポッター」シリーズを始め、魔術や魔法はエンタメ作品に欠かせないテーマ。魔術というと中世を思い浮かべる人が多いかもしれないが、じつは古代ギリシャ時代から存在していたようだ。

 筆者が特に興味をそそられたのは「呪文」である。私たちに馴染みがある呪文といえば、「アブラカタブラ」などが思い浮かぶが、当然ながらこれらは単なる文字や言葉の羅列ではない。「回文」であることがとても重要らしい。

 先に挙げた「アブラカタブラ」の原型はじつは古代ギリシャ時代にあり、「アブラナタナルバ」という。熱病を治すための呪文の一つであったようだ。

 この呪文が「タケヤブヤケタ」のように、右から読んでも、左から読んでも同じ音=回文になっていることに注目してほしい。なぜ回文である必要があるかというと、回文は文字の自己相殺を表すとされ、悪いものを打ち消すと効果があると信じられていたからだそう。

 

「タケヤブヤケタ」のように回文構造になっている。
「タケヤブヤケタ」のように回文構造になっている。

 

 また、回文に加え、すべての文字が消えるまで一行ずつ繰り返して逆三角形を作る「減退陣」を作る呪文もあった。最後の文字が消えると同時に、病魔が消えると信じられていたらしい。

 

減退陣
「アブラナタナルバ」の回文に加えて、すべての文字が消えるまで一行ずつ繰り返し、逆三角形を作る。最後の文字が消えると同時に、病魔が消える(文字が2回自滅するので2倍の効果!)

 

 さらに、「ΒΑΙΝΧΩΩΩΧ(バインコーオーオーク)」という呪文を見てみよう。

 

テキスト

 

 よって、上の呪文はB(2)A(1)I(10)N(50)X(600)Ω(800)Ω(800)Ω(800)Χ(600)と数字で表すことができ、すべての数字を足すと3663。そう、数字の回文になっているのだ。

 これらは「高等魔術」とされ、おもに魔術師の手によって使われていた。呪文は適当な文字を当てはめるのではなく、文字や数字の回文を意識する――これは創作活動に使えそうではないだろうか?

古代の「デスノート」、呪詛版

 次に「呪詛版」を見てみよう。呪詛版とは、鉛の板に呪いの言葉や呪いたい相手の名前を書いたもの。「デスノート」をイメージするとわかりやすいだろう。この鉛の板を折りたたんで紐で縛ったり、釘などで打ちつけたりして、誰にも見られないような場所に埋めることで呪術が成立した。

 名前を書いて呪う方法は古代ギリシャで広く使われていたようだが、このような面白い例もある。「名前を切り刻む呪術」を見てみよう。

ランプに書き込まれた依頼者が呪いたい6人の名前

 ランプには依頼者が呪いたい6人の名前が書かれているのだが、よく見ると、名前が逆から書かれている。例えば、呪いたい人がAntikleides(アンティクレイデス)の場合は、S/E/D/I/E/L/K/I/T/N/Aといった形で。

 このように文字をバラバラにすることが重要で、名前を切り刻むことで「お前たちの体もバラバラになれ」という呪いをかけることができたのだ。

 ちなみに呪詛版は現在も大量に出土しており、それらを見ると、どうやら呪詛版を書くアルバイトがいたようだ。同じ文章(フォーマット)で「呪いたい名前の部分」だけが異なる呪詛板が大量に発見されているためだ。つまりコピペということで、誤字も多く、アルバイトにチャチャっと作らせたためだろうことがうかがえる。

古代に実在したリアルな魔術師の姿

 このような魔術の中心を担うのは、もちろん魔術師たちだ。では最後に、古代ギリシャの魔術師たちの姿を紹介。

 まず、髪の毛は不自然なほど長い。長いほど魔力が高まるとされていたようだ。さらに、髪ひもや腰ひもなど、基本的に体を縛るものは身につけない。締め付けの多い服は他者からの呪縛の力を受けやすいと考えられていたためだ。

 さらに、目が青い(青い目は邪視があるとされる)、頬にそばかすがない(そばかすがあると魔術が使えない)、黒いマントを着ている(夜陰に紛れたい場合)……など、意外と容姿にも決まりが多い。

古代に実在したリアルな魔術師の姿

 さらに魔術師の持ち物は下記のようなものがあった。

・魔法陣 → 持ち運び可能なポータブルタイプ。魔法陣を地面に書くと見つかるリスクがあるので、動物の皮や羊皮紙に書き丸めて持っていた。
・邪視よけのペンダント → 同業者との接触に備える。
・鉛板 → 人を呪う用。
・鉄の短剣 → 幽霊との接触に備える。
・銀や宝石の指輪 → 神との相対に備える。
・銀の護符 → 神から身を守る。
・月桂樹の枝 → アポロンを招集する。

 本書を読むと、魔術や魔法がノンフィクションではなく、古代ギリシャ社会の欲望を生き生きと映し出しているものであるとわかる。また人間の悩みに、洋の東西も、古代も現代もないのだろう。例えば古代のギリシャ男性が、ニンジンの汁を自らのモノに塗ることで性機能を向上させる「魔術薬」を使っていたように。

 ほかにも死霊魔術や天体魔術、錬金術といった、さまざまな魔術がまとめられており、本書を読むことで魔法エンタメに対する解像度が上がることだろう。ネタ本としても参考になる。しかしそれ以上に、「そもそも魔術とはいったい何か?」といった最大の疑問を暴いてくれるところに本書の醍醐味がある。

文=神谷直子

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