亡くなった人の人生が映画に!? 記憶を失った男が知った“自分の過去”とは… 感涙必須『天国映画館』
PR 更新日:2024/10/15
もし、自分の人生を客観的に見ることができたら、どんなことを思うだろうか。『天国映画館』(清水晴木/中央公論新社)は、そんな“もしも”を空想したくなるハートフルな小説だ。本作の舞台は、様々な死者の人生を上映する「天国映画館」。記憶を失い、天国へ来たひとりの青年が他者の人生を通して、人生の意味や重みを考える感涙ストーリーだ。
記憶をなくし、自分が死んだことへの実感もない小野田明は天国で、秋山と名乗る男と出会う。秋山は、天国映画館の支配人。天国映画館は亡くなった人の人生が映画として上映される、不思議な場所だ。
秋山によれば、天国に来た人は自分の人生を見終えた後、天国の先にある世界へ旅立つという。ただし、誰の人生がいつ上映されるかは未定だ。
小野田は秋山に誘われ、天国映画館のスタッフとして働き始める。誰かの人生に深く触れることで、自分の人生を思い出したい…。そんな想いも抱きつつ、小野田は様々な人の人生映画を目と心に焼き付けるのだ。
家と会社を往復する規則的な日々を送っていた真面目な青年の生き様や母親が老人ホームで予期せぬ死を迎えたことから入所を決めた自分を責め続ける40代の女性の苦悩など、天国映画館で上映される人生映画は十人十色。
しかし、そのどれもが誰からも称賛されるようなヒーロー物語ではなく、どこにでもありそうな人生であるからこそ、自分の姿が重なり、感情が揺さぶられるのだ。
偉大な功績を残したり、誰かの命を救ったりできる人生は立派で、きっとハイライトシーンも多い。そんな人生を歩めるのはごくわずかで、大多数の人には縁がないと分かってはいても、お手本のような人生を前にすると、自分のこれまでが情けなく思えてしまうことはあるものだ。
だが、本作はどんな人生にもハイライトしたくなるような名シーンはあるのだと訴える。悩み、迷い、それでもなんとか生きてきた平凡な日々は無駄でも間違いでもなかった。そんな風に“私の人生”も肯定してくれる温かさがあるから、「ちっぽけ」と酷評していた自分の人生が少し愛しくなる。
また、映画の上映前や上映後に自分の人生をどう受け止めようか悩む人たちの心に寄り添う小野田や秋山の優しさも心に染みることだろう。2人は、どんな人生にも価値があるというスタンス。その姿に触れると、自分が恥じたい過去も意味があるもののように思え、心の奥で縮こまっていた昔の自分が胸を張れる。
なお、物語のラストでは小野田の人生も明らかに…。記憶のない小野田は自身の過去を知った時、何を思うのか。そして、これまでの人生をどう受け止め、新たな世界への一歩を踏み出すのだろうか。
謎多き小野田の人生に触れた時、読者は思わぬ展開に驚くと同時に明日からの生き方を考えたくもなることだろう。
拍手喝采な名シーンがなくても、これまで歩んできた道は尊い。そう気づかせてくれる本作、心が疲れた日にこそ、ぜひ開いてほしい。
文=古川諭香