やりたい仕事(前編)/絶望ライン工 独身獄中記㉗

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公開日:2024/9/18

絶望ライン工 独身獄中記

東京の暮らしで気に入っている物のひとつに、通勤電車がある。
京浜東北線や京急は生活の一部であり、人生のしるしのようでとても愛おしい。
でも最初から愛おしかったわけじゃあない。
大学卒業後まもなく、新卒で入った会社に通うため、かの悪名高き東急田園都市線に乗って永田町で乗り換えていたことを思い出す。
溝の口から渋谷まではまさに地獄で、身動きすら取れない。あれでよく事故が起きなかったなと今更思う次第だ。
今日では準急や通勤特急の本数が整備され昔ほどではないと聞く。しかし乗客全員が苦悶の表情で職場へと向かう情景が忘れられぬ。
採用面接で「いかに御社で仕事をしたいか」を述べた筈であるが、そんなこと忘れたとばかりに皆辛そうな顔で会社へ向かう。
私もそんな一人だった。

生きていくには金を稼ぐ必要がある。
何か職について仕事をし、給料袋を持って帰るのが労働の理である。
どうせ仕事をするなら自分の興味ある分野、可能ならやりたい仕事ができればよいが、そう簡単にはいかぬ。
私の駄文を毎回読まされ、誤字脱字や危険球がないかチェックしている編集の松原某においても同じである。
これが天職なのかは図りかねるが、仕事なのだから今後も昼夜問わず全力で励み、私からの電話は2コール以内に出ることを徹底されたし。

やりたい仕事に就ける確率はその職種によるだろうが、まぁほぼ無理と思ったほうが人にも自分にも優しくなれる。
私はラルク・アン・シエルになる夢を追って故郷を捨て東京に出たが、ご存知の通り結果は散々である。
這うようにして中途採用された今の職場でも当然面接があり、1度目は技術部の課長と、2度目は社長と心ゆくまで話をした。
志望動機は「御社の技術に興味がある」など述べたと記憶するが、これは間違いではない。
現場での組み立てを離れ久しいが、電磁波の性質を利用した様々な装置や測定技術は好奇心の対象として未だ知識欲を満たしてくれる。
原理まったく理解してないけど。
全然わからない、俺達は雰囲気で検査成績書を出している──

そういえば社内に電気屋と呼ばれる職人がいて、余ったパーツで何でも作っちまう。
休日は電子工作に明け暮れ、最近はなんちゃらパイとかいう如何わしそうなやつをイジっていると聞く。
入社祝いにと手造りのLED光源を貰ったが、既製品と違ってやたら高出力で眩しく、直視できない程強い。
絶対に何か違法な回路を使っているような気がするが、彼は間違いなく自分の好きな事を仕事に出来た成功者だと思う。

私も大好きな競艇やパチンコを打って暮らせたら素晴らしいが、残念ながら労働や内職をせねば生活が立ち行かない。
内職がそこそこ楽しいのが災いし、いや幸いし最近少しずつではあるがやりたい仕事に近づいているような気もする。
本業を疎かにするは悪だが、転職の機を伺うは摂理なり。

ラルク・アン・シエルの皆さん、是非一度面接の機会を頂きたく存じます。

<第28回に続く>

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絶望ライン工(ぜつぼうらいんこう)
41歳独身男性。工場勤務をしながら日々の有様を配信する。柴犬と暮らす。