芥川賞作家・高瀬隼子氏の短編集『新しい恋愛』が描く、恋愛の「ん?」という違和感

文芸・カルチャー

PR 更新日:2024/9/25

新しい恋愛"
新しい恋愛』(高瀬隼子/講談社)

 恋愛というのは、一般的に見ればおかしくても気付きづらいものだと思う。基本的に舞台には自分と相手のふたりしか上がっておらず、第三者の視点がないからだ。友人に話して「それおかしいよ」と指摘されても、相手を好きなうちは納得できてしまうというのもある。極端な例を除けば、ふたりが良ければそれでいいのが恋愛だとも思う。

 そんな恋愛をテーマにした5つの短編集『新しい恋愛』(講談社)が発刊された。著者は『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)で芥川賞を受賞した高瀬隼子氏。「ひと筋縄ではいかない5つの『恋』のかたち」と紹介文にあるように、ここで描かれるのはいわゆる恋愛小説でイメージするような“恋に落ちるときのときめき”“ふたりの間に立ちはだかる壁”……といった類のものではない。

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 例えば表題作「新しい恋愛」の主人公は、大学生の頃に片思いしていた相手と付き合い始め、そろそろプロポーズという幸せの真っただ中にいるような女性・知星。しかし「プロポーズされたくない」と自分の心境を姪っ子に吐露する。理由は結婚・入籍がしたくないのではなく、ロマンチックなムードが嫌だから。旅行先でたまたま結婚式に遭遇したとき、彼に「いいなあ、ああいうの。神様に誓うってことだよな」と言われて同じテンションになれなかった自分。彼のことを好きじゃなくなったのではない。自分にだって浮かれていたときがあったのに、もう彼のロマンチックを受け入れられなくなった自分がいる。

 この気持ち、共感できる方が多いのではないだろうか。私自身、過去に恋愛でまったく同じ気持ちになったことはないが、情景がリアルに想像できてしまった。それは多分、内容は違えど相手に対してかすかに「ん?」と思ってしまったときがあって、それが積もっていく恐ろしさを体験したことがあるからだと思う。ちなみに物語はこの後思いもよらぬ方向へ。私は「やっぱりロマンチックなんて不確かなものだな」と思ってしまったが、あなたはどう見るだろうか。

 他の物語でも本作は、恋愛の「ん?」という瞬間を描く。「いくつも数える」のテーマは年の差婚。周囲からの人望も厚い50歳のイケオジ上司の結婚が決まる。周囲はみな喜ぶが、相手が26歳年下の女性だと知ると女性からは軽蔑、男性からは羨望のまなざしが。あまりにも年下の女性と交際・結婚する男性が批判されるのは昔からの展開だろう。しかしこの物語もそこでは終わらず、年の差恋愛についてあらゆる視点から踏み込んでいく。

 書評を書いておきながら、どれも「こういう物語」と端的に語ることが難しい。年の差恋愛をしたことがあるか、あるとしたらどの立場で? など、読み手の経験や価値観によって印象も読後感も大きく変わる物語たちだと思う。なので本書も「背中を押される」「寄り添ってくれる」といった一言では表せない。けれど恋愛におけるちょっとした違和感、微細な感情を言い表してくれる一冊。その先にあなたは何を思うか、ぜひ読んで確かめてみてほしい。

文=原智香

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