いい母親という演出を、一つでも削ることに意味がある。『虎に翼』脚本・吉田恵里香さん「本当はもっと“我儘”な寅子のシーンを入れたかった」《インタビュー》
公開日:2024/9/14
涼子や梅子が、法曹界に身を置かなかった理由
――シナリオ集で、とくに読んでもらえたら嬉しいエピソードはありますか?
吉田 しいていえば新潟編の、涼子さまと玉のエピソードですね。私が想定していたよりも、ドラマではエモーショナルな演出になっていました。削除された場面では、〈私といたら、お嬢様は法に携わるお仕事ができない〉という玉に涼子が言うんです。〈国民はみんな平等である。新しい憲法に、これからどんどん社会が追い付いていく。玉が誰にも負い目を感じず、わたくし達が諦めるものがどんどん減っていく……そんな日がくるはず〉〈わたくしが法の道に戻るのはその時でいい〉と。言葉を削ったことで、より二人の絆に視聴者が心を打たれる流れになっていたので、その取捨選択は正しかったと思っていますが、涼子の期待は果たされないまま、彼女はきっと生涯を終える……。
――今なお、彼女が望んだ社会になっているとは言い難いですしね。
吉田 そのセリフがなくても、物語の流れは変わらないし、視聴者のみなさんに伝わるものはあると思うけれど、お読みいただくことでよりいっそう感じていただけるものが、とくに最終週付近にはあるのではないかと思います。
――書籍版シナリオ集限定の、吉田さんご自身によるライナーノーツでは、涼子や梅子が必ずしも法曹界に身を置く必要はないと書かれていました。私はそれがとてもいいなと思っていて。法律を学んだからといって、必ずしもそれを職業にしなくてはならないわけじゃない……その道に進まなかったからといって学んだことは決して無駄にはならないし、法律は専門家だけが知っていればいいことでもない。むしろ市井の人として涼子や梅子が法律の知識を周囲に伝えることも、また意味があるのではないかと、視聴しながら思っていたので。
吉田 ありがとうございます。みんな、人生に成果を求めすぎていやしないか、と私も思うんですよね。おっしゃるとおり、竹もとで働く梅子が、法律にめちゃくちゃ詳しいおばちゃんとして学生たちに頼りにされるということもあるでしょうし、法律の道に進むわけじゃない人に、涼子の知識に基づいた言葉が響くということもあるでしょう。もっといえば、誰かの役に立たなくても、自分の人生が豊かになるのであれば、それはそれでいいじゃないかと。だから、寅子とともに法律を学んだ女子部の仲間全員を法曹界に入れるのはやめよう、というのは最初から決めていました。
結婚や家族を美しく描きがちな朝ドラで、結婚の価値を問いたかった
――その、成果を求めすぎなくてもいいんじゃないか、という思いは結婚の描かれ方にも表れている気がします。みんなと同じゴールをめざさなくてもいいじゃないか、と。
吉田 結婚というより、家族というものに対して、感じていることは多いですね。家族という言葉に代わる何かが生まれてもいいじゃないかと思うくらい、みんな血縁や法的なつながりにこだわりすぎている。もうちょっとポップにとらえてもいいんじゃないかなあ、と。独身の友達の話を聞いていると「なんでそんなことを赤の他人に言われなくてはならないんだろう?」という目にたくさんあっているんですよね。誰に介護してもらうつもりなんだとか、ちゃんとマッチングアプリを使っているかとか、一人で生きていくからには貯蓄をしろとか。
――余計なお世話、はなはだしいですね。
吉田 しかも、プライベートにまるで関わりのない会社の人に言われたりするんですよ。結婚しているほうが上、みたいな価値観は、法律婚をしている私でもしんどいし、腹立たしい。結婚も出産も、したい人はすればいいし、したくなきゃそれも自由、という風潮になったほうがみんなもっとカジュアルに選択できるのではないかと思ったりもします。そのためには、「結婚って、そんなに素晴らしいものでもなくない?」と示すことも大事なんじゃないのかなと。とくに朝ドラは、結婚や家族を美しいものとして描きがち。とはいえ『スカーレット』や『カーネーション』のように一般的な理想から外れた姿を描いた作品もあるし、年齢を重ねられた視聴者が多い朝ドラで、価値観をほんの少しでも揺るがす作品をつくれたら、何か意味があるんじゃないかと思います。