いい母親という演出を、一つでも削ることに意味がある。『虎に翼』脚本・吉田恵里香さん「本当はもっと“我儘”な寅子のシーンを入れたかった」《インタビュー》
公開日:2024/9/14
「今の社会を三淵さんが見たらどう思うか」をストーリーに反映
――そういう問題提起の物語を、『虎に翼』のように史実をベースにつくっていく際は、オリジナルの現代劇を描くのとはまた違う難しさがあると思います。どのように情報を取捨選択して、アレンジを加えたのでしょうか。
吉田 おっしゃるように、扱うテーマを考えれば、オリジナルの現代劇で描くほうがいいと、最初は私も思っていました。でも蓋をあけてみれば、100年くらい前からずっと同じ問題が論じられている。ずっと続いているんだよ、ということを示すことに、まず意義があると思いました。そして、寅子のモデルとなった三淵さんは、法律家として男女平等や女性の社会進出を訴え続けていた方。彼女が今、この令和に生きていたら、いったい何を訴えるだろうかということも意識していましたね。
――その一つが、結婚によって姓が変わることについての弊害でしょうか。
吉田 それも、あります。たとえば三淵さんは、当時受けた取材で「女は泣いてはいけない」みたいな発言をされているんですよ。「女がめそめそと弱音を吐くから、男になめられるんだ」と。でもそれを、寅子が口にするのは、視聴者に対する抑圧になりますよね。当時の三淵さんの置かれた環境が、泣くのをこらえてでも強くあり続けなければならなかった、というだけで、おそらく今、この現代で彼女が働いていたら、そんなことは言わないと思うんです。きっと、いまだに男女の賃金格差が大きいことにも、法曹界に女性が約2割しかいないことにも、憤りを感じるんじゃないでしょうか。
――たしかに。
吉田 再婚して夫の姓になったことも、そう。視聴者が生きている時代と、彼女の言動が正しかった時代とでは、文脈がまるで異なるのに、それを無視して物語に組み込んでしまったら、世の中を古い価値観に引き戻す動きにつながってしまう。「今の社会を三淵さんが見たらどう思うか」という視点を織り込むことも、必要なんじゃないかと思いましたし、それはモデルの軽視にはつながらないと私は思いますが、受け入れられない方もいるとは思うので、それは視聴者にゆだねるしかないですね。その考えも決して間違ってはいないです。
――法律をテーマに物語を描いたことで、何か発見はありましたか。
吉田 また婚姻の話なんですけど、意外と法律で縛られていることは少ないんだと知りました。離婚の際の財産分与みたいに、もめごとが起こりやすいことには細かい決まりがあるけれど、婚姻自体は当事者双方の意志にゆだねられている。どうして同性婚が認められないのか、条文を読む限りはわからないんですよね。ただ、常識的な観点に基づき、みたいなふわっといやな表現をしているところは多々あって。「こうあるべき」を断ち切れず、なんとなく改善できずにいることもまた、たくさんあるんだろうなと思います。一刻も早く法改正が進むことを望んでいます。
――『虎に翼』では描き切れなかった、ほかの作品で扱ってみたいテーマはありますか。
吉田 法律も歴史も学んだので、その知識に基づいて書けることはいろいろありますが、女性の同性愛について描けなかったことは心残りなので、いずれ何かの形でじっくり、と思っています。あとは、中年女性を主人公にした物語を書いてみたいですね。私自身も年を重ね、どうしたって若い人たちについては古い知識でしか向き合えなくなっていくでしょう。十代を描くことも、もちろんあるんでしょうけれど、これまでよりもちょっと目線をあげて企画を出していけたらいいなと思います。