もしも李白がラッパーだったなら… 中年ラッパー・李白のフロウに人民が酔いしれる!? 中国の唐代をテーマにしたSFアンソロジー
PR 公開日:2024/9/19
俗人どもが俺に問う 辺鄙な碧山(へきざん)なぜ住まう
そんな奴らは笑って不答(スルー) 俺の心は平静無風
桃花(とうか)流水 はるかに去りゆく
俗世と異なるこの陸海(りくかい) 人世(ひとよ)にあらぬ別世界……
唐代きっての詩人、李白(a.k.a.詩仙)の名リリック「山中問答」が登場し、冒頭から漂うアッパーなヴァイブスに度肝を抜かれた。
中国の唐代をテーマにした『日中競作唐代SFアンソロジー 長安ラッパー李白』(大恵和実:編訳、灰都とおり・円城塔・祝佳音・李夏・梁清散・十三不塔・羽南音・立原透耶:著/中央公論新社)に収録された「長安ラッパー李白」(李夏:著、大久保洋子:訳)は、“黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る”といった教科書でも馴染み深い漢詩を生み出した唐代きっての大詩人・李白を主人公にした短篇である。
もし彼が嘻哈客(ラッパー)であったなら…という思い切った設定で中年となった李白が都である長安に上京したところから物語は始まる。
しかし長安の民たちは皆音を立てず黙したまま。なぜならここ長安で喋るには節奏(リズム)を刻み、韻(ライム)を踏まねばならず、わずかでも間違えば鞭打ちや罰金をくらってしまうからだ。中年ラッパー李白のフロウにより民草たちが忘れかけていたリズムに酔いしれる様は鳥肌もののスペクタクルにあふれ、またクライマックスの兵士たちを前にしたラップによるbeef(喧嘩)はケレン味に満ち満ちている。
本アンソロジーは中国の唐代をテーマにしたSFアンソロジーというかなりマニアックかつ世にも珍しい短篇集だ。
しかし中国の唐代は実は日本でも馴染みが深く、李白のほかに杜甫といった大詩人、世界三大美女として知られる玄宗皇帝の皇妃・楊貴妃、『西遊記』で知られインドへ取経の旅にでた玄奘三蔵、そして名君として知られる唐の二代皇帝太宗の言行録『貞観政要』は今でもビジネス書でロングセラーとなっている。
たとえば収録作である灰都とおり「西域神怪録異聞」は玄奘三蔵を主人公として『大唐西域記』をベースにリアルで現実的解釈とメタなSFが見事に融合した作品である。また円城塔「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」は後に唐の名君となる李世民(太宗)の戦いを描いたものだが、隋末期に北方にいた李世民たち李一族は「殻」を纏い、人馬が体液でコネクタを通じて有機的に一体となった戦闘民族という、これまた奇想な歴史ものがたりである。
そのほか、日本でも人気の中国のカワイイあの生き物が予想だにしない衝撃的な登場をする武俠アクション小説「破竹」(梁清散)、牛筋のゼンマイ仕掛けを動力にした飛行機による唐帝国と高句麗との大空中戦が繰り広げられる「大空の鷹―貞観航空隊の栄光」(祝佳音)など計8篇が収録されている。
SFというジャンルには、真っ白なキャンバスにゼロから描かれたような想像世界に出会える楽しみがある。しかしそれとは別に唐という実在した歴史と人物たちが登場することによって現実と想像のコントラストがはっきり浮かび上がり、奇想の世界をより感じ取れる本書は、新しさと歴史物語が混じり合った独特の新鮮さが魅力である。なかでも表題作である「長安ラッパー李白」は文学としてフリーダムな旋律を是とするSFの可能性を読者に抱かせてくれた作品として心に刻み込まれる傑作といっても過言ではない。そして本作のリリックを違和感なく訳された大久保洋子氏にも天晴なのである。
文=すずきたけし