競走馬・ステイゴールドをモデルに描いた『黄金旅程』。北海道・日高地方を舞台に描く、装蹄師のとサラブレッドの物語
PR 公開日:2024/9/20
北海道の雄大さを物語る風景として「緑の草原で馬たちが草をはむ姿」を写真などで見たことがないだろうか。それはサラブレッドの産地として有名な日高地方の風景。緑の大地に憩う伸びやかな馬たちの美しさに心惹かれ、思わず旅情がくすぐられる。直木賞作家の馳星周さんの故郷は、そんな日高地方にある国内有数の馬産地・浦河だ。2020年に『少年と犬』で直木賞を受賞後、第一作として世に出した『黄金旅程』(集英社)では、まさにその浦河を舞台にして、伝説の名馬の育成に情熱を傾ける人間たちを熱く描いている。約3,000頭のサラブレッドがまきばを駆けまわるという浦河の風景をイメージしながらゆったり読み始めると、次第に馬をめぐる人々の想いにぐいぐい引き込まれ、思わず最後は落涙――このほど文庫化される熱いドラマを、この機会にぜひ味わってみてほしい。
主人公の平野敬は、若い頃は騎手を夢見てトレーニングしていたが体格的に困難となり、「装蹄師」として馬に関わり続ける人生を選んだ。人の手で生み出されたサラブレッドは人なしでは生きていけないが、一方でサラブレッドの育成には巨額の費用がかかるために「競馬」がなければ養うことはできない――そんな競馬の世界の「矛盾」に悩む敬は、少しでも馬たちのためになるよう、装蹄師の傍ら「養老牧場」も浦河で営んでいる。養老牧場とは引退した馬たちにゆったり余生を過ごさせるための場だ(実は引退した馬は食肉処理されることも多いのだ)。元々は幼馴染の騎手・和泉亮介の両親が所有していた牧場を、亮介が覚せい剤所持で刑務所に入ったこともあって敬が譲り受け、養老牧場に改修したのだった。
物語は敬も装蹄のために出入りしている浦河の育成牧場に、尾花栗毛の牡馬・エゴンウレアが調整のために戻ってきたことで動き始める。かつてエゴンウレアにも装蹄したことがあった敬は、その筋肉に触れた瞬間に「エゴンウレアは超一流の資質を秘めた馬」と確信していたが、とにかく気性が荒く、プライドも高く、調教にも手を焼かされて成績は今ひとつ。G1など重賞レースに出てもいつも2着、3着で、どうしても勝ちきれないために競馬ファンから〈シルバーコレクター〉と呼ばれる有様だった。エゴンウレアの才能を開花させたい。どうしても勝たせたい――調教には人生を立て直そうとする元天才騎手の亮介があたり、敬をはじめ様々な人々が自分の人生を重ねてエゴンウレアを熱く見守る。果たしてエゴンウレアは奇跡を呼び起こせるのか?
実は本作は、2001年に引退した実在の競走馬・ステイゴールドをモデルにした物語だ。タイトルの「黄金旅程」とはステイゴールドの漢字表記でもあり、競馬ファンの中にはピンとくる方もいるかもしれない。あくまでもモデルなのでステイゴールドの話そのものではないが、エゴンウレアが未来を懸けて挑んだレースの興奮は、ステイゴールドが残した「伝説」を追体験するかのような感動を呼び起こす(実際、筆者は読後に動画サイトでステイゴールドのラストランを追体験して涙した)。なお競馬ファンはもちろんだが、競馬をよく知らない人でも小説自体の面白さで十分楽しめるのでご安心を。走るサラブレッドを見てみたい――そんな気持ちになる方もきっといることだろう。
文=荒井理恵