第17回「家の窓が破られて、私のハートが盗まれた」/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない⑰

文芸・カルチャー

公開日:2024/9/21

酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない

ぴかぴかと白い光が、真っ暗な夜を一瞬だけ連れ去っていく。

ごろごろ鳴り響く雷は、わたしのお腹のなる音よりも大きく低い声でうなっている。

天気が荒れていると、低気圧で身体はぐったりとしている一方で、心はそわそわする。
何かはじまるんじゃないかって。

待っていましたと言わんばかりに、ガッシャーンという不穏な音が部屋中に鳴り響く。
わたしはミステリーやサスペンス映画の主人公になってしまったようだ。

凄まじい音が聞こえた場所へ向かうと、窓が大きく割れていたのだ。
野球ボールを投げられて、綺麗にヒットしたような割れ方をしていた。

なんてこった。一体何が起きたんだ。

つららのように危ういガラスをなんとか回収する。

こんな日は飲まないとやってらんねえ。
缶ビールのプルタブを強引に引っ張って、雷のコールに合わせて荒々しく飲み干す。

結果的に、窓の修理は古い部屋のためガラスをオーダーしないとできないそうで、最短で一週間かかるそうだ。
それまでは、我が家に侵入し放題なので、しばらくは引きこもって自宅警備員をするしかない。

なぜ、窓ガラスが突然ばりばりになったのかは謎に包まれたままだけど、この事件が晴天のような作品に出会わせてくれることになった。

『ハイキュー!!』

酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない

引きこもって数日後、家から強制的に出られなくなると、急に身体を動かしたい衝動が駆け巡る。

ひとりでラジオ体操をしたり、ビリーズブートキャンプを真似してみたりするものの、なんか物足りない。ふと、物干し竿にされているランニングマシンと目があった。

毎日必ず走る。
永遠を誓うように、自分とゆびきりげんまんして買ったランニングマシン。
いつから、こんな冷え切った関係になってしまったんだろう。

ランニングマシンと同棲を始めて数日間、走るごとに1話だけ見ようと決めていた『ハイキュー!!』があまりに面白くて、苦手なランニングも一瞬だった。

だけど、二日酔いを挟んで習慣が呆気なく崩れてしまい、あれから数ヶ月が経ってしまった。
『ハイキュー!!』は13話くらいで止まってしまい、彼らの成長も止まったまま。

逃げる方が絶対後からしんどいって事はもう知ってる。

よし、こうなったら…。

わたしの代わりに、彼らに走ってもらおうじゃないか。

窓ガラスを割った見えないボールを、わたしが受け止め、そのボールを烏野高校のバレー部に託す。

『ハイキュー!!』は、バレーボールに青春全てを捧げる高校生たちの熱い物語。

主人公の日向 翔陽は身長が162cmで、低身長。
試合では不利になるにもかかわらず、誰もがあっと驚くほどのジャンプ力と運動神経で、革命を起こしていく。

彼の真っ直ぐな眼差しとひたすら素直なところ。
絶対無理だよ…と普通なら思ってしまう場面でも、疑う余地なく目を輝かせて、突き進んでいく姿を見ているとグッとくる。
大人になればなるほど、がむしゃらに頑張ることを諦め、保守的な姿勢をとり続けている自分、このままでいいのか?と画面越しに背中を押してくれる。

とにかく1話見るごとに、良くも悪くも落ち着いてしまった心が大きく波打って、涙がこぼれてしまうので、家の中で一人きりのときにしか見られない。

もちろん、全チームが試合を重ねて全国大会をみんなで目指していく過程で、負けるチームも出てきてしまう。
しかし、負けたら終わりではなく、チームメンバーが背負ってきた想いや悔しさまで丁寧に描かれていて、登場人物の全員が主人公になっている。

いつも試合は応援するチームが決まっていて、彼らに勝ってほしいと祈るだけなのに、どっちにも負けてほしくないし勝ってほしい。

こんなに複雑な感情になるのは、人生で初めてかもしれない。
感情が心のキャパシティを超え、おいおいと泣かされてしまうのだった。

この歳になって、数億年ぶりに推しキャラが誕生しそうな予感がしたが、本気で好きになったらダメだ。

彼らは高校生。未成年なので年齢的にアウト。

1話見るごとに、婚期がキュッキュッと後退りする音が聞こえてくる。
疾走感あふれる彼らの試合を見ていたら、なぜか釣られてわたしもお腹が空いてきた。

泣いて、食べて、強くなる

寝っ転がりながら画面を見ていただけで、走ってもいないのに運動会後のような食欲が湧いてくる。

酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない

窓が割れてから引きこもり生活で、出前ばかり食べていた。
たまには、ほっこり煮物のような和食が食べたくなる。

あいにく、煮物が作れる材料は冷蔵庫になかったが、ウインナーと卵と乾燥わかめと味噌があれば、なんとかなりそうだ。

焼きたてパリパリのウインナーにふっくら甘い卵焼き、温かい味噌汁とほっかほかなご飯が揃えば、酒村流和食の完成だ。

我が家は甘い卵焼き。
この甘さは計画的だ、ウインナーにパスを繋ぎ、肉汁が弾け飛ぶ。
影山と日向のような相方関係。

どっしりと土台になる白米、流れを変えてくれる味噌汁。
おかずひとつひとつが集まって最強の食卓が完成する。

久しぶりに、日常の味がするご飯を食べたせいか、気が緩んで、涙腺まで緩みそうになる。

これまで見てきた作品の中で、『千と千尋の神隠し』を超えて、わたしの心と胃袋を掴んだ泣き飯が登場する作品も『ハイキュー!!』だった。

それは、みんなが試合後に家庭料理をひたすら食べて涙を流すシーン。
静かな食卓で鳴り響く食器の音、大粒の涙、どんな時だって美味しいご飯。

調べてみたら、そのシーンを担当したスタッフさんが元ジブリでご飯シーンを手掛けていたんだとか。

「ご飯を食べれば元気になる、大丈夫」って村上春樹さんも言っていたし、食え。食え。

わたしも窓がようやく直った矢先、請求額が7万6千円で立ち直れないけれど、ブッチブチになった心の筋繊維を飯食って修復しよう。

そうやって筋肉がつく、そうやって強くなるって鳥養監督が言っていた。

平凡なわたしには下を向いている暇なんてない。今日も今日とて上を向いてアルコールだ。
カンパイ!!

酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない

<第18回に続く>

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さかむら・ゆっけ、●酒を愛し、酒に愛される孤独な女。新卒半年で仕事を辞め、そのままネオ無職を全う中。引っ込み思案で、人見知りを極めているけれど酒がそばにいてくれるから大丈夫。たくさんの酒彼氏に囲まれて生きている。食べること、映画や本、そして美味しいお酒に溺れる毎日。そんな酒との生活を文章に綴り、YouTubeにて酒テロ動画を発信している。気付けば、画面越しのたくさんの乾杯仲間たちに囲まれていた。