犯罪者と科学捜査官、天才同士の最終対決を描く! 名作ミステリー『ウォッチメイカー』続編
PR 公開日:2024/9/24
ジェフリー・ディーヴァー氏の名作で、日本でも18万部のベストセラーとなった『ウォッチメイカー』が、このたび帰ってきた。『ウォッチメイカーの罠』(ジェフリー・ディーヴァー:著、池田真紀子:訳/文藝春秋)と題した今作では、通称「ウォッチメイカー」と呼ばれる天才犯罪者、チャールズ・ヘイルが何重にもわたる罠を仕掛ける。罠を仕掛ける相手は、リンカーン・ライム。ウォッチメイカーにとっての宿敵・天才科学捜査官である。
物語の舞台は、ニューヨーク。高層ビル建設現場で、大型クレーンが転倒し、現場作業員から数名の死傷者が出た。一見すると事故のように思われる本件は、しかし事件であった。なぜなら、犯人グループによる犯行声明文が出されたからである。犯人グループの要求は、「非営利団体を設立し、開発予定のない空き地の不動産所有権を非営利団体に移転したうえで、手ごろな公営住宅を建設すること」。ニューヨーク周辺は、開発事業者が推し進める高層ビル建設に邁進してきた。その結果、アメリカ市民は身の丈に合わぬ高額な住宅に住まねばならず、その資金がない者は家を持つことさえ叶わない。貧富の差によって、最低限の生活さえ保障されない住宅事情に警鐘を鳴らす。そのための犯行声明文と見て取れた。犯行声明文の最後は、このような一節で締められている。
“非営利団体が設立され、不動産の所有権が移転されるまで、ニューヨーク市は24時間ごとに惨事に見舞われることになる。
カウントダウンは開始された。”
犯行声明を受けて、科学捜査の天才と謳われるリンカーン・ライムに白羽の矢が立った。以降の物語において、分岐を迎えるごとに「タイムリミット」が表示される。「コムナルカ・プロジェクト」を名乗る犯行グループは、クレーン転倒事件の後も各地で不穏な動きを見せていた。刻々と過ぎる時間の中で、ライムは数少ない手がかりをもとに事件の真相に迫っていく。切迫する状況下で、次々に起こるさまざまな事件。内部の裏切り、酸を撒き散らす爆弾による“未遂“事件など、手に汗握る展開は片時も目が離せない。
事件解決に向けて奔走するのは、ライムだけではない。ライムの妻であり、科学捜査のパートナーでもあるアメリア・サックスもまた、文字通り命懸けで事件解決のために尽力する。物語序盤、サックスは窮地に見舞われるが、幸いにも一命を取り留めた。人の命を左右するのは、ほんの些細な出来事のかけ合わせだったりする。大型クレーンが転倒した事件においても、クレーンの操縦者は無事だった。もっとも危険と思われる場所にいた人物が生き残り、周囲にいた人間が死ぬ。物語も現実も、神様は平等じゃない。
状況や微細証拠を分析したライムは、本件の犯人がウォッチメイカーだと結論づけた。しかし、犯行声明文に違和感を抱く。「ニューヨーク市内の住宅問題の解決」――そのために、わざわざこんな手の込んだ犯行をするだろうか。ほかに、“真の目的”があるのではないか。そう推理したライムは、地道な捜査を続けていく。
ライムはかつて、ウォッチメイカーの計画を何度か阻止している。だが、ライムに逮捕・投獄されたのち、ウォッチメイカーは刑務所からまんまと逃亡した。リンカーン・ライムとチャールズ・ヘイル(ウォッチメイカー)。相対する2人には共通点がある。どちらの人物も、おそろしく正確で隙がないのだ。幾重にも張りめぐらせた罠を用いた緻密な犯罪計画。些細な手がかりさえ見逃さず、何が起こっているかを瞬時に見抜く俯瞰力と推理力。今回の戦いにおいて、勝つのは一体どちらなのか。謎が交錯する本書は、まさにミステリーの真骨頂と呼ぶにふさわしい。
“腕時計のメカニズムは、秩序そのものだ。
時間も。
誤差はいっさい許されない。”
事件現場に時計を残していく殺人鬼「ウォッチメイカー」の姿を彷彿とさせるこの一節が、ヘイルの歪んだ“正しさ”を如実に表している。ウォッチメイカーが仕掛けた罠に違わず、ライムとサックスが仕掛けた罠もまた、見事である。口は災いのもと。まさに、そうなのだろう。人間は、「誤差」のある生き物だから。今作はシリーズものだが、過去作を未読でも問題なく楽しめる。言わずもがな、過去作を読んだうえで今作を味わえば、尚のこと2人の対決に没頭できるだろう。
文=碧月はる