人の死が近づくと聴こえる不穏な音。登場人物の物語がつながる全12話のオムニバス漫画
更新日:2024/10/1
連載時、どれほど多くの人が次のエピソードを待ちわびていただろう。オムニバスのホラー漫画『感受点』(いつまちゃん:原作、文野紋:作画/小学館)を読み終えた瞬間、思った。実際に本作が配信されていたコミックサイト「サイコミ」(Cygames)で各話の感想を読んでいると、「次まで待てない」といった読者のコメントが連なっている。単行本で最初から最後まで読めた私は幸せだ。本作は第5話まで読んで、ようやく線のつながる短編集だからだ。
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話数は全12話。オムニバス漫画でありながら、1話のみで終焉する物語はない。リアルタイムで連載を待っていた読者は、それを知るまでに時間がかかっただろう。作者は物語やヒロインたちを熟成させ、時には何年もの月日が流れた後に再登場させる。すべてを説明するとネタバレになるので避けるが、人の死が近づいていることが音でわかる女性、乙実(おとみ)にまつわるエピソードは強烈な印象を残した。
そもそも乙実とその兄がメインの物語は第6話から第10話までと長く、その他のエピソードで描かれた登場人物がほとんど登場する。むしろこの兄妹は第6話までの登場人物に翻弄されたり、助けられたりするという意味でも、特別な存在として扱われている。そしてまた、兄妹は他のエピソードの主人公たちと比べてどこにでもいる善良な人物なのだ。乙実の聴覚を除いては。
“テンッテンッテンッツーツートン”
この音は人の死が近づいた時に、乙実だけに聴こえる。出版社で編集長をしている乙実の兄は、このせいで妹がいつか壊れるのではないかと非常に心配している。
人生を人のために使うか 自分の人生を生きるか早く決断した方がいい
しかし善良な乙実は、その決断をしないうちに、音のする人物を見つけて彼を案じ、家までついていく。それまでのエピソードを知っている読者は、心のなかで叫ばずにいられないだろう。「乙実、そいつはやばい。ついていくな」と。しかし何も知らない乙実は、闇に吸い込まれるかのように、取り返しのつかない地獄へと誘われる。
行方不明になった乙実を兄が探し始めた時、意外な展開と意外な人物が現れる。「ここで、あのエピソードの主人公と乙実がつながるの?」と思ったが最後、読者も本作の魅力、そして深い闇に取り込まれるのだ。そのスリルと面白さからはもう絶対に逃れられない。
衝撃的な乙実のエピソードで、ある程度物語は収束したかと思いきや、そうではなかった。この短編集のヒロインたちのなかで唯一、ほかのヒロインと世界線がつながっていない人物がいる。これは読者にとっても予想外の構成だろう。数々のエピソードがつながっていく快感のなかで、ふわっとそこから浮いた人物がひとりだけいるのだ。それに気づいた時、私は不気味さを感じた。すべてにつながりを持たせているホラー漫画だという思い込みが崩れ去ったからだ。
視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚。本作を読んでいると、容赦なく私たちの日々の感覚が襲いかかってくる。そのなかに、なぜか「記憶」がある。これは救いなのか。それとも……。謎を残したまま、物語は終わる。最後のイラストを、読者はそれぞれ、いろいろな意味を見出しながら受け止めるだろう。最終話のヒロインを待ち受ける未来は平穏と不穏、どちらに傾くのだろうかという問いと共に。
文=若林理央
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