安部若菜 エッセイ連載「私の居場所は文字の中」/第4回「人生はオーディション」

文芸・カルチャー

公開日:2024/9/27

私の居場所は文字の中

 緊張しいで、美容室の予約の電話も、お店で店員さんを呼ぶのもいまだに緊張するタチですが、人生で1番緊張した瞬間と聞かれたら、オーディションの時、と答えます。
 似たものでいえば、就活の面接が人生で1番緊張した、という方もいるのかもしれません。

 次作の『私の居場所はここじゃない』は、芸能オーディションに向かうまでの高校生男女を描いた物語です。

 でもオーディションを受けるといっても、”芸能界“という特別な世界ではなく、至って普通の高校生たちが中心となっています。”芸能オーディション”なんて言われると、自分とは遠い世界のように感じるかもしれませんが、オーディションを受ける段階では、「学校だるー、放課後遊ばん?」なんて話すありふれた高校生となんら変わりません。

 失礼な話ですが、芸能界は陰湿な嫌がらせがあったり、己が1番大好きな人間の集まりだろう、という偏見がありました。
 なのでNMB48に入った頃は、「周りは皆自分に自信があってアイドルになるべくしてなったんだ」「自信が無いのは自分だけだ」と同期におびえていましたが、いざ仲良くなってみると、何も自分と変わりませんでした。

 一歩芸能界に入るまでは、誰しも普通に生きているのだから当然といえばそうなのかもしれませんが、環境が変わったからといって自分が変わって特別になれるわけじゃない、というのを身をもって実感して、それが前作の『アイドル失格』にも色濃く反映された気がします。

 オーディションはちょうど7年前になりますが、今でもハッキリと覚えています。一緒に応募した同じクラスの友達と一緒に夜行バスで東京へ行き、ダンス審査と歌唱審査。
 ダンスも初めてだし、人前で歌うのも音楽の授業くらい。ガチガチで、質問された内容にもロクに答えられずでしたが、何故か合格することが出来ました。

 思えば、緊張する瞬間というのは、大小あれど、人生が変わる瞬間なのかもしれませんね。何かを予約したり、誰かに話しかけたり、環境が変わったり。例えば、「初めて推しに会いに行った」というのも緊張の瞬間だと思います。

 緊張の積み重ねで人生が変わっていく。そう思えば、緊張するのは嫌だけど、少しはそれも楽しくなりそうです。

安部若菜の最近読んだ本

かごいっぱいに詰め込んで
かごいっぱいに詰め込んで』(真下みこと/講談社)

真下みことさん『かごいっぱいに詰め込んで

 スーパーを舞台にした、ちいさな生活に寄り添ってくれる物語です。
 こちらは、専業主婦の美奈子が久しぶりに働こうと採用試験を受けるところから物語が始まります。そこからスーパーに訪れる人に物語のバトンが繋がり、人と人の触れ合いを通した変化が描かれます。

 私が特に好きなのは2編目の「小さな左手」。これは学生の頃に「ぶた」と呼ばれたトラウマで容姿にコンプレックスを抱いた女子大生が主人公です。
 女子大生から主婦、昭和世代のおじさんまで幅広い年代での5話短編形式で、コロナ禍以降人との関わりも減った時代に、人とのつながりっていいなぁと思わせてくれました。

<第5回に続く>