櫻いいよ 最新刊『きみとの明日を消したい理由』は、余命宣告を受けた少女が後悔のない生き方を模索する、命をかけたラブストーリー
公開日:2024/9/28
『交換ウソ日記』や『世界は「」で満ちている』など、青春時代の恋や葛藤を繊細な筆致で描き、10代の読者から熱い支持を受けている櫻いいよ氏。新刊の『きみとの明日を消したい理由』(KADOKAWA)は、氏が初めて取り組んだ余命物語であり、切ないテーマの中に織り込まれた前向きなメッセージが胸をうつ恋愛小説である。
重い頭痛に悩まされていた高校2年生の祈里は、珍しい難病であることが判明し、余命が数年だと医師から宣告されてしまう。優秀な兄と人気者の姉を持ち、常にふたりと比べられて育った祈里は、忙しい母に迷惑をかけまいとさまざまなことを諦めながら、勉強や家の手伝いに必死に取り組んできた。だが、自分に残された時間が長くないことを知り、これまでの努力もすべて無駄になるのかと激しく動揺してしまう。
もやもやした思いを整理しようと、祈里は中学1年生の時から交流があり、心の拠り所であるより江さんに会いに出かけた。より江さんは古い家で一人暮らしをしているおばあさんで、毅然とした姿や格好よい考え方に祈里は内心憧れている。かつて彼女が語った「後悔しないように、毎日をちゃんと過ごせ」という言葉は、祈里の生きるうえでの大切な指針となっていた。ところが、より江さんの家には同級生の春日井くんがいて、祖母は先週亡くなったと告げる。おまけに、堂々と生きているように見えた彼女が、実は後悔を抱えたまま最期を迎えたことを教えられ、祈里はショックを受けるのだった。
春日井くんは明るく社交的だが、祈里に対してだけはなぜか苛立ちを隠さない態度を取る。「あんたの生活、つまんなそうだなあ」と言われて以来、祈里は自分が嫌われていると感じて苦手意識を抱いていた。しかし、ふたりで一緒により江さんの家の片付けを進める中で、彼の優しさや気配りにふれ、次第に恋心が芽生えていく――。
周囲に対して必要以上に気を遣い我慢を重ねてきた生真面目な少女が、余命宣告をきっかけにこれまでの生き方の見直しを余儀なくされ、悩み苦しみながらも新しい自分の人生を模索する。より江さんという憧れの人からもらった大事な言葉に改めて向き合い、後悔はないと言い切れる最期を迎えられるように、残りの人生を精一杯に生きようと必死にもがく姿は、涙を誘わずにはいられない。家族や友人たちとの気持ちのズレやすれ違いも生々しく、一つ一つの細かい描写がリアリティに満ちているからこそ、祈里が抱く苦悩ややるせなさ、そして彼女の下す決断がより一層重く胸に響くのだ。
春日井くんと祈里のロマンスも、本作の大きな読みどころである。家族や友人たちが気付かないような祈里の些細な変化を、彼だけは見逃すことはない。祈里自身が目を逸らしている感情にも遠慮なく踏み込み、時には怒らせてしまうことも躊躇わずに、彼女の中にある本音に切り込んでいく。家族以外には打ち明けられない余命という秘密を抱えた祈里と、キツイ言葉の合間から祈里への想いが隠しきれない春日井くんの、不器用で切ない恋の顛末は見逃せない。今一番泣ける、ピュアで真摯な恋愛青春小説だ。
文=嵯峨景子