sumika片岡健太のエッセイ連載「あくびの合唱」/ 第6回「或る夏の祭り」
更新日:2024/9/30
「〜県の観測史上最高気温が更新されました」
2024年の夏。
ニュースキャスターの声が、鼓膜を伝って胸の辺りで共振した。今日は野外ステージで歌う予定がある。いわゆる、夏フェスというやつだ。
ここ数年、暑さの気合いの入りようったらない。ステージで演奏していると、比喩表現ではなく、しっかり気を失いそうになる。
そんな「暑さ」と「やりたい」を天秤にかけたときに、「暑さ」が文字通り吹き飛んでしまうほどに「やりたい」に重きを置いてしまうのは、夏フェスに特別な思い入れがあるからだろう。
2005年、専門学生2年の夏。僕の肌は史上最大に荒れていた。頬もフェイスラインも赤い吹き出物だらけ。年齢的な問題もあるかもしれないが、将来への不安で眠れぬ日々が続いていたことが一番の原因だったように思う。
当時通っていた専門学校では、ライブ制作のスタッフワークについて学んでいた。
その傍ら、高校時代から組んでいたバンドで月に2~3回はライブをするような生活。専門学校に通わせてくれた両親には「卒業したらライブ制作の会社に就職します」と言い、バンドメンバーには「卒業したらバンド活動のギアを上げよう」と言っていた。要するに、どっちにもいい顔をしていたのだ。世間体を考えれば、なんとなく新卒で就職した方がいい気がする。反面、どれだけ客観的に見ようとしても、バンドで大成することも諦めきれない。どっちつかずのまま時は無常にも過ぎていき、進路について答えを出さなければいけない日は、すぐそこまで迫っていた。
そんなときに友人からフェスに誘ってもらった。
“ROCK IN JAPAN FESTIVAL”、通称ロッキンである。
高校時代から洋楽主体のフェスには行っていたが、「みんなが好きなものを好きでいるのはロックではない」という理由で、邦楽主体のフェスに行くことを避けていた。
しかし、家にいても鬱屈とした気持ちに拍車がかかるだけだ。不安から逃げたい一心で、僕はロッキンに行くことにした。
会場となる国営ひたち海浜公園のゲートをくぐった先で、僕は早速カルチャーショックを受けることになる。「ほーらーあーなーたにとーってー」と、モンゴル800の「小さな恋の歌」を数万人の観客が熱唱していたのだ。洋楽フェスでは「好きな曲きた!」と思っても、いかんせん英語が分からないので、ここまで大きな合唱は起こらない。入場してからまだ数十分。邦楽と洋楽をおかしな物差しで比べて、自国の音楽の価値を勝手に下げていた自分を恥じた。スピーカーから流れる音量よりも、客席の声量の方が大きい。トップバッターのバンドから、音楽の力をひしひしと感じて、全身が鳥肌まみれになった。
その後に観たフジファブリック、椿屋四重奏、the band apartは以前ライブハウスで観たことがあった。自分たちが出演するライブハウスで頂点に上り詰めれば、こんなに大きなステージに立つことが出来るのか。まだ自分たちの動員は数人しかいないながらも、心の中でぼんやりと考えていた「ライブハウスをソールドアウトさせた先は、どうなるんだろう?」という問いの答えが目の前にあった。
僕のバンド人生の原点はHi-STANDARDなので、そのメンバーであるKEN YOKOYAMA
のステージは涙でいっぱいになった。ハイスタをリアルタイムでは追えなかった世代なので、ようやく観られる健さんのライブパフォーマンス。高校時代の価値観で言えば“みんなが好きなものではない”に分類される音楽に、目の前の数万人が熱狂している。自分で作ったよく分からない垣根が、音を立てて崩れ去っていった。かっこいいものに、ジャンルは関係ないのだ。
大草原にある最も大きなGLASS STAGE。その日のトリを務めたのは、Mr.Childrenだった。僕が小学生のときに初めて買ったアルバムはミスチルである。軽音学部に入部して、周りにナメられたくないからと封印した記憶が、「終わりなき旅」のイントロが鳴った瞬間に蘇った。この曲がリリースされた当時、僕は13歳になりたてで、記号を暗記するように歌詞を口ずさんでいた。当然、意味なんて分かっていない。それらの記号が今、感情の情報として解凍されて、心に染み渡ってゆく。人生について思い悩んだことにより、「カンナみたいにね 命を削ってさ」「人はつじつまを合わす様に 型にはまってく」という歌詞の意味が分かるようになったのだ。ラストの歌詞「胸に抱え込んだ迷いが プラスの力に変わるように」は、今日さまざまなアーティストからもらったパワーの集大成だった。もっと大きなはずの自分を探そう。全曲Aメロから熱唱しているオーディエンスの一部になって、僕も歌った。恥ずかしげもなく、誇らしげに。
ロッキンで向き合った現実は、想像よりもよっぽど素晴らしかった。なんとなくで決めつける人生が、いかにくだらないかを知った。
今日観たアーティストの中で、「なんとなく」生きている人は1人もいないだろう。
だったら、自分で決めて、自分の人生を精一杯生きてみよう。
十数年後、自分のバンド名が夏フェスのタイムテーブルに並んでいる。満員の客席の中に、吠え面をかいている赤ら顔の亡霊はいるだろうか。
胸が高鳴る方角に向かって素直に進めばいい。想像以上に、現実は美しいのだから。
そう言いきるために、暑さなんて置き去りにして、今日も音楽を鳴らしていきたい。
編集=伊藤甲介(KADOKAWA)
<第7回に続く>神奈川県川崎市出身。sumikaのボーカル&ギターで、楽曲の作詞作曲を担当。キャッチーなメロディーと、人々に寄り添った歌詞が多くの共感を呼んでいる。これまで4枚のフルアルバムをはじめ、精力的に楽曲をリリース。ライブでは、人気フェスに数多く出演するほか、自身のツアーでは日本武道館、横浜アリーナ、大阪城ホールなどの公演を完売。2023年には、バンド史上最大規模の横浜スタジアムワンマン公演を成功に収めるなど、常に進化し続けるバンド。