2025年の大河ドラマ「蔦屋重三郎」を予習するならこの本! 江戸の敏腕プロデューサーの激動人生を描く、傑作歴史小説

文芸・カルチャー

PR 更新日:2024/10/15

蔦屋/
蔦屋』(谷津矢車/文藝春秋)

 2025年のNHK大河ドラマは、蔦屋重三郎の半生が描かれるらしい。タイトルは、『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』。横浜流星を主演としたそのドラマはどんな内容になるのだろう。確か蔦屋重三郎は、喜多川歌麿や東洲斎写楽を世に送り出した出版人だったはず。敏腕編集者と呼ぶべきか、名プロデューサーと呼ぶべきか。その功績を少しは知っているが、どんな人生を歩んだ人物なのかはよく知らない。ドラマ開始前に、少し予習をしておきたいが、いい本はないだろうか。

 そんなことを思う人におすすめなのが、『蔦屋』(文春文庫)。『この時代小説がすごい!2015年版』(宝島社)で単行本部門7位、オール讀物が主催する本屋が選ぶ時代小説大賞にノミネートされた傑作の、タイムリーな文庫化となる。著者は、『洛中洛外画狂伝 狩野永徳(徳間文庫)』(徳間書店)で知られる谷津矢車さん。この本を読むと、鼓動の高鳴りをおさえきれない。蔦屋重三郎とは、なんと熱く、そして、爽快な人物なのだろう。新しいものを作ることに命を燃やしたその型破りな人生に否応なく惹きつけられてしまう。

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 舞台は江戸。日本橋の地本問屋・豊仙堂の店主、丸屋小兵衛は、51歳になり、店をたたむ決意をしていた。そんな彼の前に現れたのが、赤と黒の青梅縞の着流し、当代一流の豪勢な品を嫌味なく着こなした蔦屋重三郎。吉原の地本問屋・耕書堂の若き店主であり、吉原の店や遊女の格付け案内でヒットを飛ばしたこの男は豊仙堂を買い取り、小兵衛を雇いたいのだという。「一緒にやりませんか、あたしと。もう一度この世間をひっくり返しましょうよ」。重三郎の突飛な申し出に心動かされた小兵衛は、その話にすぐに乗る。だが、重三郎はなかなか店を開けようとしない。連日、真っ昼間から小兵衛を吉原へと連れ込むばかりで、小兵衛は困惑せずにはいられなかった。

 重三郎は何を思ってそんな行動をするのだろう。物語の冒頭、その考えはなかなか読めず、小兵衛と同様、「重三郎という男を信じていいのだろうか」という不安さえ感じさせられる。だが、重三郎の意図するところが見えてくれば、ハッとさせられる。「なんで大事なことを隠すんだ」と嘆く小兵衛と同じように私たちも「最初から言ってよ!」という気分にさせられるが、「そっちの方がおもしろいからに決まっているでしょう?」と重三郎に言い放たれれば、「確かに」とも思う。重三郎を取り囲む錚々たる面々に「この男はこんな人物をも見出していたのか」と驚かされっぱなし。常に新しい面白いものを求め続け、金よりも縁を求める重三郎。本書の言葉を借りれば、重三郎は「捉えどころがなく、摑もうとすればもうそこにはいない。そのくせ、懐にひゅるりと忍び込み、脇をくすぐり去ってゆく」。まるで風のように清々しく遊び心たっぷりに軽やかに江戸の街を駆け抜けていくその姿に、思わずふふっと微笑まされてしまう。だが、松平定信の時代が訪れると、幕府の出版規制が始まり……。

 小兵衛と重三郎は父と子であってもおかしくないほどの歳の差がある。だけれども、ふたりは立派なバディ。彼らが支え合いながら、逆境にもめげず、新しいものを生み出していく様に、自然と気分は高揚する。と、同時に、次々と新しい策を実行していく蔦屋重三郎のプロデューサーとしての才覚に、いち編集者として背筋が伸びる心地がした。いや、編集者でなくとも、好きなこと、やりたいことを貫き通すその仕事への向き合い方は憧れを感じずにはいられない。著者は今回の文庫化にあたり本作を大幅に改稿したが、単行本時のグルーヴ感は健在。谷津矢車さん版の蔦屋重三郎の巻き起こす心地よい風に吹かれれば、来年の大河ではその人物がどう描かれるのか、ますます待ち遠しくて仕方なくなるだろう。

文=アサトーミナミ

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