やりたい仕事(後編)/絶望ライン工 独身獄中記㉘
公開日:2024/10/2
こうして文章を書くのは楽しい。この一行目から楽しいのである。
さらには読んでくださる読者諸君がいて、連載が更新される度様々な感想や反応を頂けるのは大変なご褒美である。
楽しいだけではなく褒美までもらい、更には原稿料という名目で銭まで入る。
私腹を肥やすは至福なり。
嗚呼、これを仕事にできたらどんなにいいか。
毎日執筆だけやって暮らしたい。そんな生活に憧れるが、憧れは憧れのまま捨て置くのが我々凡人の矜持というものだ。
街へ出かければ様々な職業に出会う。
蕎麦屋、駅員、コピー機営業、クリーニング屋、弁当屋、コンビニ店員、タクシー運転手、占い師、Youtuber、人妻くのいち忍者、戦力外小屋暮らしおじさん、絶望パートタイム渉外員、名刺交換させてくださいって声かけてくる保険会社の新入社員、不動産営業野郎共、パパ活女子、個撮アイドル、ダ・ヴィンチ編集・・・
色々な仕事に就く人がいるお陰で、我ら市民の快適な日常がある。
ただ、皆それがやりたい仕事かどうかは分からぬ。
少なくとも自分は望む職に就くことが出来なかったが、今の仕事に随分と満足している。
大学卒業が迫り、就職課に入り浸って毎日求人を調べていた頃があった。
4年間も音楽を学んだのだから、可能なら音楽関係の仕事に就きたい。
そんな時ある求人に釘付けになった。
「音楽業界で働こう!音楽好き大募集!」
魅惑の見出しで始まる求人は、CDプレス工場の配送トラックドライバー募集だった。
これには唸った、なんと壮大で夢のある誇大広告。
音楽業界と銘打って、入社し実際やらされるのはトラック運転手である。
もちろん流通は産業の要であるから、トラック運転手の重要性は疑いようもない。
そんな私も「インテリア業界で働こう!提案型コンサルビジネス」の求人に吊られ、朝から晩まで壁紙と床材の配達をやらされる会社に新卒で入った。
社会は思っていたより多分に厳しい。
クロス屋のおやじに怒鳴られながら、重い壁紙のロールを何本も建築現場に運んだっけ。
そこから結局リカバーできず、現状となるわけだが、せっかくだから自分を棚上げして「音楽の仕事」の境界線について述べてみる。
作曲家、編曲家、作詞家、実演家。これは紛れもなく音楽の仕事だ。
それにかかわる間接部門、ディレクターや制作。これも音楽。
動画投稿を収入源とするボカロPやネットミュージシャン。音楽の仕事だと思う。
レコーディングスタジオ運営やエンジニア。間違いなく音楽の仕事だ。
楽器の講師、専門学校の先生、ボイストレーナー。音楽の仕事だね。
カラオケのMIDI制作、採譜、写譜。音楽の仕事なんじゃないかなぁ。
地下アイドル(専従)。ギリギリ音楽の仕事。この辺からあやしい。
地下アイドル(兼業)。貴方はコンカフェ譲です。
ライブハウスにノルマを払う集客できないロックバンド。つらい。
オーディション商法の胴元。音楽の仕事ではない。知り合いがやっていて縁を切った。
CDプレス工場の配送ドライバー。誇り高き物流の仕事だ。
コンサートチケットの転売。音楽の仕事ではない。せどるな。
こうして見るに「音楽の仕事がしたい」なら地下アイドル以上を目指すのが確実と思われる。
様々な職業や業界によって境界線は異なると想定するが、書き出してみると就活の時にやっていた業界研究を思い出す。
「インテリアの仕事がしたい」で書き出したら壁紙配達は明らかに圏外である。
そしてやりたい仕事論と切り離せないのが、年収160万の作曲家と年収240万の工場勤務どちらが幸せか論。
ちなみに年収160万の作曲家はかつて実在したとか。
彼はこう言った、
「努力も苦労も一向に報われないが、それでいい。好きな仕事ができて、幸せだった」
一度もコンペに選ばれる事なく、その短い作曲家人生を終えた。
一方年収240万の工場勤務もたしかに実在する。
勤務先の筆頭株主となった彼はタワマンに住んで港区女子とパーティー三昧、ブランド品を買いあさり高級外車を乗り回す放蕩暮らしをしているそうな。
彼はこう言った、
「原稿料を上げてください」
41歳独身男性。工場勤務をしながら日々の有様を配信する。柴犬と暮らす。