立ち往生した電車。三角関係の男女三人はなぜ乗り合わせたのか――『死にたがりの君に贈る物語』著者によるどんでん返しが鮮やかな「恋愛ミステリー」

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/10/3

冷たい恋と雪の密室"
冷たい恋と雪の密室』(綾崎隼/ポプラ社)

 猛烈な吹雪の中、思うのはあの人のこと。外の凍えるような寒さとは打って変わって、雪に閉ざされた密室は、うだるように熱く、心までもがザワめき、沸騰する。——ああわかる。雪国の生まれではないけれど、この気持ちは知っている。初めて好きな人ができた時の高揚感、とめどなくあふれる激情、好きな人が振り向いてくれない時の痛み、失恋の絶望。すべての感情が胸へと迫ってくる。

「どうしよう、苦しいほどわかる」。そう思いながら無我夢中で読まされた本、それが、『冷たい恋と雪の密室』(ポプラ社)。ベストオブけんご大賞受賞作、10万部突破の『死にたがりの君に贈る物語』(ポプラ社)で知られる綾崎隼氏の恋愛ミステリーだ。

advertisement

 この物語は、2018年1月11日、センター試験2日前に、新潟県三条市でJRが大雪で15時間立ち往生した実際の事件を基にしているという。幼い頃、三条市に住んでいたという綾崎氏は、この事件のニュースを知った時、受験生たちの気持ちを思わずにいられなかったのだそうだ。そして、そんな電車内に閉じ込められた受験生たちの気持ちを、武者小路実篤『友情』のオマージュとして描き出した。友情と恋の間で揺れ動く高校生たち。その思いに触れれば、身悶えずにはいられない。

 舞台は新潟県三条市。高校三年生の石神博人は、放課後の自習を終え、大雪の中、帰路についた。どうやら雪のせいで電車が遅れているらしく、最寄りの三条駅は大混雑。18時過ぎにどうにか電車に乗り込むと、混み合う車内で偶然、地元の友人・櫻井静時と遭遇した。受験シーズンに入ってからなかなか会えずにいたが、二人は親友同士。久々の再会を喜んでいると、静時のスマホに博人が想いを寄せる幼馴染み・三宅千春からメッセージが届いたのが見えてしまう。しかも静時はそれに気づいたはずなのにメッセージを開かず、通知は300を超えていた。千春もまた博人と静時と同じ電車に乗り合わせているらしい。やがて車内で合流することになる3人。その間に漂う重たい空気。猛吹雪に見舞われ、いつ動くかわからない電車の中、彼らの思いは交錯する。

 正直者で、正義感が強く、ちょっと変わり者の千春。そんな彼女に博人はずっと惹かれていた。だが、千春は静時が好きなのだ。博人の唯一無二の親友だけれども、千春に幸せになってほしいけれども、博人の思いは複雑だ。「あいつを幸せにする男が自分以外の誰かだとしたら、そんな未来を受け止め切れる気がしない」「三宅千春と生きられない未来など、絶望でしかない」。そう胸の内で思っている。一方で、静時は博人が千春へ恋をしていることを知っている。だから、博人のことは裏切れない。千春のことを大切に思う自分に気づきながらも、その気持ちと向き合うことができない。

 そんな高校生たちの甘酸っぱい恋心を描きながらも、この作品の魅力は単なるラブストーリーで終わらないことだ。この物語にはいくつかの謎が隠されている。博人の恋心を知っているとはいえ、どうして静時はそんなにも頑なに千春を拒むのか。どうして三人は同じ電車に乗り合わせたのか。その理由を追ううちに、思わぬ事実が次々明らかになる。そして、白眉はクライマックス。「あれ?」と思いながら読み進めていけば、意外などんでん返しが待ち構えている。その鮮やかさには誰だって目を見張るだろう。そうか、そういうことだったのか! 逃げ場のない電車内では、誰かが誰かを思っている。確かに動き出した恋心から目が離せない。

 雪の密室を舞台に繰り広げられる、たった一晩の恋の物語と、そこで待ち受ける大どんでん返し。それは、まだ恋をしたことのない人、今恋をしている人の胸をキュンとときめかせるに違いないし、恋愛から遠ざかっている人も、昔の恋を思い出さずにはいられないだろう。ここには、恋の喜びも悲しみも詰まっている。真冬の静謐な空気を吸い込んだような痛みを感じさせるこの恋愛ミステリーを、是非ともあなたも味わってみてほしい。

文=アサトーミナミ

あわせて読みたい