「右園死児」とはなにか。不可解な文字列によって生じる、人知を超えた災害とは? SNSで話題のホラー『右園死児報告』

文芸・カルチャー

公開日:2024/10/2

右園死児報告"
右園死児報告』(真島文吉/KADOKAWA)

「右園死児(うぞのしにこ)」。この文字列から、一体なにを想像するだろうか。これまでに見たことのない文字の並びだけれど、なんだか不穏な感じがする、わけがわからない――。それが正直な反応かもしれない。ぼくも初見では似たようなことを思い、ただ、とにかく嫌な雰囲気が漂っているな、とも感じた。

 そんな単語を冠した作品として、SNSで話題を集めているのが『右園死児報告』(真島文吉/KADOKAWA)だ。やはり話題性は抜群だったらしく、発売前、そして発売後すぐに重版がかかっている。

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 本作は、「右園死児にまつわる報告を集めた」という体裁のホラー小説だ。では、この右園死児とは一体なんなのか。これはときには人物名であり、あるいは動物や無機物に名付けられたりもする名称だ。そして、この名前が付けられたものが発端となり、甚大な被害を生じてしまう。遡れば明治25年から右園死児は存在し、たびたび災害を誘発してきたという。本作ではその災害についての報告が断片的にまとめられ、一つひとつを読み進めていくことで、右園死児の正体にジリジリと迫っていく構成が取られている。

 しかしながら、その理解は容易ではない。決して文章が難解なわけではない。むしろ、淡々としていて読みやすいはずだ。ではなぜ理解が難しいのか。それは、右園死児自体が人類の理解を超えた存在であるからだ。

 作中の「報告」をいくつか引用しよう。

“市内貯水池の登録名称が正式な手続きを経ず右園死児に変更されていると市職員が通報。迅速に改称されたが、事態発覚から対処までの数時間で五件の入水案件があった。”

“新彗星を発見した会社員が星に右園死児と名づけ、騒動になった。(中略)彗星命名者の会社員、彗星名を直接口に出して伝えた海外メディア関係者は、現時点で全員死亡している。”

“都内高校生の少女が、自らの右園死児化を自己申告した。(中略)少女は現在軍機構内で看護教育されており、将来に関しては各部署間で調整中。なお少女の右園死児化に関わった者は警察組織が確保し、現場学校は閉鎖されている。”

 これらはまだ「やさしい」ほうだ。本作に収録されている「報告」のなかにはもっと悲惨で悍ましいものが存在する。そのシチュエーションを想像するだけで人によっては吐き気すら催すかもしれない。

「報告」を読み進めていくと、ふと気がつく。一見、独立して存在しているような各事象の間に、僅かなつながりが浮かび上がってくるのである。「この報告に書かれている●●とは、別の報告にあった■■のことではないだろうか……」。そう気づいた瞬間、鳥肌が立つような恐怖に包まれるだろう。

 また、これほどまでに危険な右園死児を軍事利用しようと考える人も、もちろん出てくる。正体も原因も不明だが、関わった人を惨たらしい死に追いやる右園死児を安全に管理することができれば、それはこの世で最強の兵器になり得るからだ。そして物語は徐々に、右園死児の周辺にいる人間の闇へと焦点が当てられていく。人間はどうしてこんなにも愚かなのだろうか。どうしてこんなにも醜いのだろうか。絶望的なため息を漏らしながらも、しかし、それが本質なのかもしれないとも思い知らされる。

 ただ一方で、本作の後半では、人間の醜さと徹底的に抗おうとする人たちの姿も描かれていく。あくまでも本作では「報告」の体を取っているので、後半の筆致もひたすらに淡々としている。遠い国で起こる出来事を俯瞰で見つめ、冷静に伝えているかのように。しかしながら、そこで浮き彫りになる人間の泥臭さに、思わず胸が熱くなった。ホラー小説を読んでいて、そんな思いを抱いたのは初めてかもしれない。後半の展開はぜひ、読んで確かめてもらいたい。

 結局、右園死児とはなんだったのか。その答えは、ラストまで読んだ人、一人ひとりが導き出すだろう。それについて誰かと話し合ってみたい。本作は、そんな気持ちにもさせられる蠱惑的な作品だった。

文=イガラシダイ

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