第18回「もうだめかもしんない独身女を救ったジャンクフードと一冊の漫画」/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない⑱

文芸・カルチャー

公開日:2024/10/4

酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない

ずーん。

もう、わたし…だめかもしんない…と呟きながらも、数日前から放置されていた食器を洗っている。

あーもうだめだ、と思った回数の方が食器を洗った回数よりも、はるかに多いはずなのに。いつになっても慣れることなく絶望して、魂が飛び出そうなため息をついている。

わたしには、月に数度は必ず、しんどくて切ない1日が訪れる。

椅子に座って、原稿用紙と睨めっこしても、永遠に真っ白のまま。
手首をひねって、ペンをくるくる回していたら日が暮れた。何回転したのだろう。

いつになっても閃きの大当たりはやって来ない。
人生みたいだ。

そういうときは最終奥義、朝だろうと深夜だろうと関係なく、マクドナルドを頼むことにしている。
ポテトはもちろんLサイズ、パティはダブルで、ナゲットは15ピースでお願いします。

これでもう、パチンコでいうところの、レインボー保留は確定だ。
つくづく自分に甘いなと思う。

セットでついてきたコーラにウイスキーをどぼどぼ入れたら、本棚から漫画『ルックバック』を取り出す。

人生をやり直したいなんて思ってしまったときには、これを読む。
ポテトの油が本につかないよう、そっと慎重にページをめくっていく。

『ルックバック』

酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない

『ルックバック』に登場する主人公を初めて見たとき、うわっ、昔の自分を見ているみたいだなと思った。

主人公・小学四年生の藤野ちゃんは全生徒に配られる学生新聞で4コマ漫画を連載していた。
クラスメイトたちからは、「絶対、藤野ちゃんは将来有名人になるよ!」と絶賛され、まんざらでもない藤野。

いやぁ、そんなことないってと言いながら、自分は特別なのかもしれないと、思っていた時期が自分にもあった。
ちょっと何かで褒められた拍子に、調子に乗ってしまったのだ。
変に自信をつけてしまった自分は正直痛かった。

後に藤野は、学生新聞の件で先生に呼び出され、隣のクラスの不登校の京本ちゃんという女の子に、学生新聞の枠を少し分けてほしいと相談されることになる。
「まあ、全然いいですけど」と軽い気持ちで返事をしてから、実際に上がってきた京本ちゃんの絵のクオリティは想像を超えていたのだ。
それを見たクラスメイトたちは、今まで主人公をちやほやしていたにも拘わらず、「え〜なんだ、藤野って大したことないじゃん」と口にし始める。

そこで初めて、自分は特別なんかではなく、才能もなくて、上には上が数え切れないほどいるという真実をグサっと突きつけられることになるのだった。

それからは、わたしってバカみたいじゃんと、生活のほとんどを捧げて書いていた漫画をピタッと辞めてしまうところから物語は始まる。

「みんなそれぞれ、好きと言ってくれる人がいるんだ」

酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない

誰かを比べてもいいことなんてないし、一番である必要はないとわかっていても、どうしてわたし達は比べることを辞められないのだろう。

大人になればなるほど、比べてしまうことが多くなってきた気がする。

学生時代は、テストの点数競って、悔しがったり喜んだり一喜一憂している余裕があったはずなのに。
会社員になると、あんなに最初は仲が良かった同期たちも、次第に仕事ができる人と、できない人に分かれていって、どんどん関係性がぎこちなくなっていった。

もちろん、仕事だけじゃなくて、結婚や子どもや年収もそうだ。
大人になればなるほど自由そうに見えて、自由が制限されている気がする。
将来の不安や心配が、選択肢を奪っていく。

自分はこのままでいいのだろうかという気持ちがあるときって、他人のいいところばかり目がいって、羨ましいなぁ…とか幸せそうだなぁ…って思ってしまうよね。

そんなときは、ポテトの名言を思い出す。
「一番長いポテトが一番偉いわけではないんだ。
短かったり、しなしなだったり、カリカリだったり、柔らかさがあったり、それぞれにいいところがある。そして、みんなそれぞれ好きと言ってくれる人がいるんだ」と。
自分の味を大切にすればきっと自分らしく活躍できるよって。

わたしは、どんなポテトでも受け止められる胃袋になるよってことで、あっという間にLサイズのポテトも食べ終えて、漫画も読み終えてしまった。

そこで気付かされる。
わたし達は、人と比べるために、毎日戦っているわけではない。

真っ白な原稿の上で迷子になっていたけれど、わたしの文章を楽しみにしてくれている人たちがいて、一緒に乾杯をしてくれる仲間がたくさんいるから、何よりも文章を書くことが好きだから、書き続けているんだ。

切羽詰まっていると、この本質をいつもどこかに置き忘れてしまう。

藤野と京本ちゃんは小学校の卒業式の日、初めて誌面越しではなく実際に会うことになる。
それから二人で一緒に漫画を描き始める。

彼女たちは、なぜ描き続けるのか。
『ルックバック』を読むたびに、はっと気付かされる。

そういえば、まだ映画は見ていなかった。
食後のデザートに、塩ポップコーンをバター多めでビールと一緒に食べたい気分。

このまま映画館に行って、塩分濃度高めの涙を流してすっきりしたら、明日から頑張るか〜。

<第19回に続く>

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さかむら・ゆっけ、●酒を愛し、酒に愛される孤独な女。新卒半年で仕事を辞め、そのままネオ無職を全う中。引っ込み思案で、人見知りを極めているけれど酒がそばにいてくれるから大丈夫。たくさんの酒彼氏に囲まれて生きている。食べること、映画や本、そして美味しいお酒に溺れる毎日。そんな酒との生活を文章に綴り、YouTubeにて酒テロ動画を発信している。気付けば、画面越しのたくさんの乾杯仲間たちに囲まれていた。