ホラー小説は今、盛り上がっている!? 初心者は何を読むべき? 「ホラー小説の楽しみ方」をホラー小説編集者に聞いてみた

文芸・カルチャー

公開日:2024/10/5

角川ホラー文庫編集部員に聞く「ホラー小説の楽しみ方」
左から、角川ホラー文庫編集部編集長・藤田孝弘さん、同編集部・伊藤泰平さん、菰田はるなさん、同副編集長・今井理紗さん。藤田さんと今井さんが手にしているのは「角川ホラー文庫30周年 記念グッズ」

『近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)や『変な家』(雨穴/飛鳥新社)などのヒットが相次ぎ、盛り上がりを見せるホラー小説界。この機にホラーデビューしたいという人も多いのではないだろうか。

 そこで本稿では、2023年に30周年を迎えた角川ホラー文庫編集部編集長の藤田孝弘さん、副編集長の今井理紗さん、話題の書き下ろしアンソロジー『堕ちる』『潰える』を編集した伊藤泰平さん、菰田はるなさんに、ホラー小説の楽しみ方を伺った。ホラーのプロが選ぶ、まず読むべき一冊とは?

取材・文=野本由起

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ホラー界に地殻変動を起こした澤村伊智という才能

――まずは自己紹介も兼ねて、皆さんがホラー作品を好きになったきっかけを教えてください。

藤田孝弘さん(以下、藤田):子どもの頃、映画『リング』が流行っていたんです。それを深夜のテレビで観たのが、ホラー作品との出会いでした。貞子が出てくるシーンで親がガチャッと部屋に入ってきて、ものすごくビビッたのを鮮明に覚えています(笑)。ですが、本格的にホラー小説にハマったのはKADOKAWAに入社してから。貴志祐介さんの『黒い家』(KADOKAWA)などの作品を読んで衝撃を受けました。

『黒い家』(貴志祐介/KADOKAWA)
黒い家』(貴志祐介/KADOKAWA)

今井理紗さん(以下、今井):私も入社してからホラー小説に目覚めました。ライトノベルの部署から文芸に異動し、最初に担当したのが宮部みゆきさんとデビューしたばかりの澤村伊智さん。それまでホラー小説はほとんど読んできませんでしたが、そこから積極的に読むようになりました。中でも印象に残っているのは、澤村さんのデビュー作『ぼぎわんが、来る』(KADOKAWA)ですね。

『ぼぎわんが、来る』(澤村伊智/KADOKAWA)
ぼぎわんが、来る』(澤村伊智/KADOKAWA)

伊藤泰平さん(以下、伊藤):僕は角川ホラー文庫が大好きで、小学生の頃から書店でホラー文庫のマークを探してはレーベル買いするという気持ちの悪い子どもでした(笑)。そのきっかけは山田悠介さん。『ブレーキ』(KADOKAWA)を読んでご飯が食べられなくなりました。映画でも小説でも怖ければ怖いほどいいし、怖いものを探して歩いていたので、今の仕事は本当に楽しいです。

『ブレーキ』(山田悠介/KADOKAWA)
ブレーキ』(山田悠介/KADOKAWA)

藤田:天職だ(笑)。

菰田はるなさん(以下、菰田):私はグロテスクなものが苦手で、子どもの頃はホラーがあまり好きではありませんでした。ですが、ミステリーは好きだったんです。その流れで、大学時代に三津田信三さんのホラーミステリーを読んだところ、あまりの面白さにハマってしまって。『蛇棺葬』(講談社)や「死相学探偵」シリーズ(KADOKAWA)を読んで、ホラー小説が好きになりました。

『蛇棺葬』(三津田信三/講談社)
蛇棺葬』(三津田信三/講談社)

――近年ホラーブームが続いていますが、ブームの火付け役、ホラーが盛り上がり始めたきっかけは、どの作品だったのでしょうか。

今井:個人としての実感になりますが、やっぱり澤村伊智さんの出現がホラー界を変えたと思います。一時期ホラー業界は映画でも小説でも「怖すぎるものはヒットしない」と言われていた時期がありました。その頃は、角川ホラー文庫でも「怖さ」を前面に押し出したものよりも、ミステリ要素のあるキャラクターホラーが人気を博していたんです。ですが、2015年10月に澤村さんが現れ、『ぼぎわんが、来る』がヒットしたことで「こんなに怖くて面白い作品があるんだ。怖くても売れるんだ」と、方向性がシフトしていったように感じています。

 その後、澤村さんはホラー界のスターへと駆け上がっていきました。そんな澤村作品の影響を受け、ホラー作家としてデビューした若手作家さんも少なくありません。

 もうひとつは、ゲーム実況ブームも大きいと思います。ホラー不毛の時代が続く中、『青鬼』『ゆめにっき』『魔女の家』などのRPGツクールで制作されたインディーゲームの実況がニコニコ動画で大ヒットし、最近ではChilla’s Artさんのゲームなどは新作が出るごとにYouTuberやVTuberによって実況配信がされています。ゲーム実況によってホラーに触れるきっかけが生まれ、若い方にホラーというジャンルが浸透しましたし、このブームを受けてホラーゲームの書籍化も増えました。

菰田:私も高校生の時、ホラーゲーム実況を観ていました。ゲーム配信者のガッチマンさんが好きなのですが、他のゲームジャンルと比べてホラーゲームはミステリ的なオチがあることも多かったので好んで観ていましたね。

今井:ホラー系はインディーゲームが多いので、配信の規制が大手ゲームメーカーに比べて厳しくなかったんではないかなと思います。それに、1~2時間くらいでクリアできる点が配信にマッチしたのだと思います。ホラーファンの裾野も広がり、ホラーが好きだと言っても当たり前のように受け止められるようになりました。

――最近は、ドキュメンタリーの体をとる「モキュメンタリーホラー」と言われるジャンルが人気ですよね。先ほど名前を挙げた『変な家』『近畿地方のある場所について』は、このジャンルを代表する作品です。こうした風潮をどう捉えていますか?

菰田:モキュメンタリーホラーは、令和の実話怪談なのかなと思っています。実話怪談の魅力は、本当に起きた出来事だということ。モキュメンタリーも、Xで情報を集めたり、断片をつなぎ合わせて「こういうことだろうか」と考察したりしながら楽しむので、本当っぽさがありますよね。実際、ネットでモキュメンタリーホラー、体験型ホラーを発表している作家さんには、実話怪談の影響を受けた方も多いようです。

今井:確かに、エンタメに体験感を求める風潮はありますよね。ホラーはこうしたニーズと相性が良いのだと思います。体験型ホラーが好きな方は、王道ホラーが好きというより脱出ゲームや謎解きが好きな方が多いような気がします。こうした仕掛けのある作品は、単行本の方がよく売れますし、読者も若いように感じますし。

 また、ホラーは人に話すのにも向いているジャンルです。何を怖いと思うかは、その人次第。だからこそ「これが怖かった」と言いたくなりますし、感想を話したところでネタバレにもなりません。SNSが普及して以降、誰かとシェアしたいという欲求が高まっていますが、ホラーはその気持ちを満たしてくれるのだと思います。

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