密室で殺された男。部屋からは、銃を握った木製人形が発見された。乱歩をあっと驚かせたトリックとは? 『江戸川乱歩トリック論集』

文芸・カルチャー

公開日:2024/10/10

江戸川乱歩トリック論集"
江戸川乱歩トリック論集』(江戸川乱歩/中央公論新社)

 優れた書き手は、優れた分析者でもある。たとえば、江戸川乱歩。近代日本探偵小説の基礎を築いた彼は、戦後、英米の探偵小説を読み漁り、周囲から「なぜ小説を書かぬ?」と揶揄されながらも、独自のトリック研究に没頭していたらしい。収集したトリックの数は、なんと800種以上。『江戸川乱歩トリック論集』(江戸川乱歩/中央公論新社)は、そんな乱歩の成果が詰まった書。生誕130年記念として刊行されたこの本では、トリックの分類を示した「類別トリック集成」やその随筆版として編まれた『探偵小説の「謎」』のほか、乱歩のトリック論が初めて1冊にまとめられている。

 ミステリの父・江戸川乱歩でさえ驚いたトリックとはどのようなものなのだろう。本記事では、本書の中から、特に「意外な犯人」が出てくるトリックをご紹介しよう。

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笑いながら人を噛み殺すライオン

 たとえば、動物による事故に見せかけた人間の犯行で、乱歩をうならせた例がある。それはこんな筋だ。

 ある曲馬団に、獅子の口をひらいて、その中に自分の頭を入れるという芸をやる獅子使いがいた。だが、ある日、観客の前で、獅子使いがその芸を披露しようとすると、獅子は獅子使いを噛み殺してしまう。調べてみると、その獅子が殺人事件の少し前に鼻をしかめて笑っているのを見たという者まで現われる。まさか、獅子が獅子使いを恨みに思って喰い殺した!? かと思えば、そのトリックは、とある人物が、獅子使いの頭にクシャミ薬をふりかけたというものだった。その頭を獅子の口に入れると獅子がクシャミをし、その拍子に首を噛みくだいてしまう。どうやら獅子はクシャミ薬で鼻がくすぐったくなって、笑うような顔になっていたらしい。これは、100年ほど前のイギリスの短篇のあらすじだというが、「人喰い獅子が笑う」というのは、なんとも不気味でおかしい。乱歩は「捕物帳に応用すれば面白いだろう」と分析。乱歩版の「笑う獅子」の物語も読んでみたいと思わずにはいられない。

夜、寝ている人を銃殺した木製人形

 殺人を犯すのは、生き物とは限らない。人形がピストルを発射して人を殺したという例も乱歩を驚かせた。

 ある部屋に等身大の人形が飾ってあり、夜中、その部屋で寝ていた男がピストルで殺される。部屋は密室で、人形は右手にピストルを握っており、殺人にそれが用いられたことが分かった。人形が男を殺したように見えるが、これにも人間の犯人がいる。トリックは、木製人形にピストルを握らせると同時に、人形の上に水が滴る仕掛けを作っておいたというもの。すると、数時間のうちに滴る水滴によって木が膨張し、人形の指が動いてピストルの引金がひけるというのだ。木の性質を利用したトリック――現代のミステリに使われていてもおかしくないトリックだ。

密室で起きた「太陽の殺人」

 さらに、乱歩が気に入っているのは、「太陽の殺人」だ。

 ある密閉された一室で人が射殺され、被害者から遠くはなれた机の上に猟銃が放り出してあった。それに込められた実弾から発射されたことは分かったが、犯人が出入りした形跡はない。その犯人は、窓からさしこんだ日光。それが机の上の水瓶にあたり、その丸いフラスコ型の水瓶がレンズの作用をして、偶然、旧式猟銃の点火孔に焦点をむすび、実弾が発射されたというのだ。

「この着想はアメリカの古い探偵作家ポーストと、フランスのルブランが使っているが、私も学生時代に、その二人とは別に着想して、下手な短篇を書いたことがある。早さでは、ポーストと私とほとんど同時ぐらい、ルブランはそれよりおくれている」。

 そう分析した乱歩からは、「このトリックを自分も思いついていたのだ」というミステリ作家としてのプライドが見え隠れする。

 このように、本書では、乱歩が数々のトリックを解説する。トリックは、ミステリ小説の要、醍醐味。それがいくつも紹介されているのだから、面白くない訳がない。ミステリ好きならば「このトリックを使った小説は読んだことがある」と思わずニヤニヤさせられるものもあれば、意外すぎるトリックに「実際の本を読んでみたい」と読書欲を掻き立てられるものもある。そして、何より面白いのが、この本を江戸川乱歩が書いているということだ。この本を読むと、乱歩はトリックを収集しながら、自分の作に活かすならどうしたらいいかを常に考えていたことが透けてみえる。ミステリ好きやミステリ小説家を志すものはもちろんのこと、「普段ミステリは読まないけど、謎解きは好き」という人も、乱歩を唸らせた至高のトリックに、きっと驚かされるに違いないだろう。

文=アサトーミナミ

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