「愛する人と触れ合えるようになる主人公を通して、生命力を取り戻してもらえたら」最新作『小鳥とリムジン』に込めた願いを小川糸さんに聞く
公開日:2024/10/9
『食堂かたつむり』では「食」、『ライオンのおやつ』では「死」を描き、「生きるということ」を問い続ける、小説家・小川糸さん。新刊『小鳥とリムジン』(ポプラ社)は、家庭環境に恵まれなかったために人と深く関わらずに生きてきた女性・小鳥(ことり)が、人を愛する喜びを知り、心身を再生していく物語だ。
片隅で苦しんでいる人たちが、人間の「自然治癒力」を取り戻し、お守りになるような「物語」を紡ぎたい――「物語の力」を信じ、願いを込めて執筆したという、小川さんにお話をうかがいました。
(取材・文=立花もも 撮影=島本絵梨佳)
自分自身の心も体も守ってほしい
――本作の主人公・小鳥は、過去のトラウマから他人との触れ合いに抵抗をもつ女性です。そんな彼女を通じて、自分の体を道具のように扱ってはいけない、人は誰しも自分を大切にすることを知っていかなくてはならないのだと、本作では描かれていた気がします。
小川糸さん(以下、小川):新刊が出るたびにサイン会やイベントをするんですけれど、小中学生のころに私の作品に出逢ったという方が、社会人になってもなお読み続け、しかも会いにきてくださるということに、本当に喜びを感じていたんですよね。この光のかたまりみたいな方たちが、これから歩んでいく未来で、理不尽に傷つけられるようなことがあってはならない、痛みや悲しみを背負ったまま生きていくなんてことは起きてほしくない、と思ったことが本書を書いたきっかけのひとつでした。心だけでなく体もふくめて、自分を守ってほしいという願いをこめて。
――幼いころから、母親が連れ込む不特定多数の男たちとの営みを目の当たりにしてきた小鳥は、みずからの意志で施設に入ったあとも、女性であることで理不尽な目に遭うことになります。性的なことを軸に本作を描かれたのは、そうした被害に遭う若い方々への想いもあったからでしょうか。
小川:そうですね。読者からのお手紙を読んでいると、少なからず、そうした被害で苦しみを抱え続けている方がいらっしゃいます。誰にも打ち明けることができずに、ひとりでその傷を背負い続けなくてはならない、その痛みは決して、自分から遠い場所の出来事ではないなと感じたんです。私が気づいていないだけで、半径数メートルの世界にも、同じ苦しみを抱えている方はいるのかもしれない、と。そういう気持ちで世の中を見渡してみると、自覚している以上に、被害が溢れていることに気づいたんですよね。
――そんななか、小鳥をどのような女性として描こうと思われたのでしょう。
小川:生命力を失わない人がいいな、と思いました。人は誰しも、自然治癒力をもって生まれると思うんだけど、都会でのせわしない生活のなかでは、どうしてもその力が弱まってしまう。ともすると失われてしまうものだと思うんです。小鳥も、本来あるべき生命力を少しずつすり減らして生きてきたけれど、人との出逢いによってそれを取り戻していく。その過程で、解決の糸口を見つけられることがきっとあるはずだ、と思いました。
――小鳥が回復する手助けを最初にしてくれたのが、同級生の美船でした。彼女との悲しい別れを経たのちに、出逢ったのが、父親だと自称するコジマさん。そのコジマさんともやがて別れることになるわけですが、出逢いの一つひとつから何かを得て、力にしていく小鳥の姿が、まぶしかったです。
小川:小鳥の生きてきた道には、選択肢がほとんどなかったんですよね。どんなに苦しくても、最初は母親のもとで暮らすしかなかったし、抜け出すには施設に行くしかなかった。コジマさんの援助を受けることにしたのも、数少ない道のなかからいちばんマシだと思えるものを選んだだけです。でも、それでも「自分で選んだ」ということは、とても大事なことのような気がするんですよ。卑屈になることもある、自分にとってはまるで望ましくない環境だとしても、やれることを見つけて、一歩を踏み出そうとする。差し伸べられた手を、施しを受けるようにただ取るのではなくて、自分が必要だと思ったからそうしたんだ、と自身で思えることが、道を切り開いていくためには大事なのではないかな、と。
――だからこそ、お弁当屋の理夢人(りむじん)と出逢って、関係を築くことができたのかなあ、と思います。もっと早くに出逢えていれば、と思うこともあるけれど、いろんな経験を経た今だからこそ支えあう関係が築ける、ってこともありますよね。
小川:タイミングって、ものすごく大事なんですよね。いつ出逢うかによって、同じ人とでも、関係がまるで違ったものになる。コジマさんの家に向かう途中、小鳥はずっとリムジン弁当のことが気になっていて、でもなかなか一人で入る勇気をもてなかった。他人から見れば「お弁当を買うだけじゃん」って思うかもしれないけれど、撒いた種に明日咲けと言ってもどうにもならないように、どんなに些細なことも、実行に移すまでに必要な時間は人によって違います。踏みとどまっている時間もふくめて、小鳥にとって大事なプロセスを、この物語では丁寧に描きたかったんです。